MY TREASURE/大黒


本当に? という疑問はいつもあった。それこそ告白される前からだ。大黒くんとは同期ではあるけれど、親しく話しかけられる理由がないと思っていた。二人で食事にと誘われた時は怖くて何度か断ってしまったのだが、彼は嫌な顔ひとつせずに間を開けて次の約束を提案してくる。一度行くと二度目、二度行くと三度目、と何度かデートを重ねた後に「恋人になって欲しい」と言われて、これもやはり、怖くて何度か断った。私には荷が重い。それでも大黒くんは私が何を言ったとしてもいつものあの笑顔のまま「そうか」と頷いて、食事の時と同じように交際の申し入れが何度か続いた。
これはもしかして普通に好意を持たれているのかもしれないと何度目かの告白で頷くと「そうか!」と、その日はいつもよりテンション高く、その後もよく口を回してほとんど一人で喋っていた。その姿は嬉しそう、に、見えなくもなかった。
何が変わるのだろうかと女子らしくドキドキしていた私だが、別段変わったことはない。もうそろそろ三年目に入ろうという決して短くない交際期間があったが、本当に、なにも変わらない。時々食事をして、家まで送って貰うというデートに抵抗がなくなった以外は、なにも。
だから、今回の提案には、少しだけ驚いた。

「クリスマスは、どこかいいところで食事をしよう」
「えっ?」

私がぽかんと口を開けていると、大黒くんは「二十四日の夜なんだが」と付け加える。
イベント事には興味がないと思っていた。去年も一昨年もバレンタインだとかクリスマスだとか、贈り物はあったが、彼が仕事で、当日になにかをする、ということがなかったからだ。形式的にそれっぽくはするが、それだけだ。だからつまり、彼にとって、なんらかの理由で恋人というものが必要だったのだと、そう判断していた。そして、同期で灰島内でもそう目立たない私は丁度良かったのだろう。
この予想はきっと当たっているはずだ。だから、なにも要求されないならなにも要求しない方がいいだろうと判断していた。ので、そう、まさか、クリスマス当日に誘われるとは思わなかったのである。

「ごめんね。その日は別で予定が」

実家の幼馴染たちとお菓子パーティーをすると決まってしまっている。私はここ最近はそれを楽しみにしていたし、私はケーキを持って行く担当だ。はずれてしまうわけにはいかない。「べ、別で予定が……?」大黒くんは私の言葉をよくこうして繰り返す。

「まさか誘われるとは思ってなくて。去年も一昨年も仕事してたし」

そして例年通り、プレゼントだけは用意している。これだけで充分だと思っていたのに、申し訳ないことをしてしまった。私はぺこりと頭を下げる。

「だから、ごめん」

大概暇をしている私ではあるが、たまにはこうして予定が入っていることもある。今日までそれが大黒くんとの予定と被ることはなかったが、仕方がない。こういうものは、先約を優先するものだと、私は思うものである。



好かれている自信があった。
なまえはマイペースというか、ふわふわしているところがあるが、適当な返事はしない。嫌だと思えば嫌だとはっきり言う。だから、俺の恋人になったのも、彼女も俺に好意を持ってくれているからで、俺が仕事ばかりしていても文句の一つもないのは、ひとえに俺のことを好きでいてくれているからだと、信じて疑っていなかった。付き合ってからは、デートの誘いを断られたこともない。
それが先日「予定があるから」と断られた。断られたのだ。クリスマス当日。去年一昨年とどうにもならずに諦めたクリスマス当日のデートを。二年前から計画していて、三度目にしてついに実行できると浮かれ切った気持ちで誘ったら、この様である。
自信は粉々に砕け散った。
しばらくは断られたショックから顔を見るのも辛く避けていたが、ようやく落ち着いて会話ができそうになってきたし、一つ、仮説も立てた。俺が断られたのは、去年一昨年と寂しい思いをさせたことへの報復のようなものではないだろうか。彼女は普段と変わらない素振りを見せていても、実のところは怒っていて、だから、一度くらいは断ってやろうと、そういうことだったのではないか。
休憩室で一人、窓の外の雀をぽーっと眺めている彼女の隣に座った。怒っているなら機嫌を取るのは俺の役目だ。何故ならば俺は彼女の恋人だからだ。「なにが見えるんだ」と声をかけると「雀が」と教えてくれた。「かわいいよね」可愛いのは君だが。それにしても……怒っているようには見えない。

「怒ってるのか?」
「え、別に、怒ってないよ」

怒っていないらしい。彼女は嘘を吐かないので、怒っていないというなら怒っていないのだ。一つも仮説通りではなくて、こっそり愕然とする。ならば何故。

「なら、その、どうして」
「なにが?」

何故俺は、クリスマスのデートの誘いを断られたんだ。
とは、聞けない。「先約があるから……?」とかわいく首を傾げられる未来が見えている。そう、彼女は嘘を吐かない。先約があると言ったらあるのだ。ただ。先約はあっていいのだが、先約があったとしても俺とのデートは優先されるべきではないだろうか。真摯に謝ればそうしてくれるに違いないと計算していたのに。
店まで予約済み、今回こそ進展をと部屋まで用意していた俺は、ここで諦めてはいけないと恐る恐る一歩踏み込む。

「本当にいいのか? 今年のクリスマスを逃すと、次はいつ、二人きりに、なれるか……」

「ああ、そのこと」彼女は気持ちの良い笑顔で笑った。屈託がないとはこのことを言う。邪まなところが一つもなく、その笑顔からは本当に、言葉通りの気持ちしか感じられない。こういうところが堪らなく好きなのだが、俺はなんの用意もなくつい踏み込んでしまったことを後悔した。

「本当に、いいよ。気を使ってくれなくても」

気を使っているつもりは一切ない。俺が口を挟むより早く、彼女は続ける。あたたかい、聖女のような微笑みである。

「わざわざそれっぽく振舞う必要もないし、大黒くんの都合上必要なら、そういうものとして置いておいてくれたら。口裏合わせる必要があるならそうするし。できる限りの協力もするよ」
「……手続き上?」
「うん。ああ、でも、本当に好きな人ができたら、少し困るね。そうなったら、そうなったで元々いなかったものとしてくれると嬉しいけど」
「ほ、ほんとうにすきなひと……?」

情報を整理する時間をくれ。俺が彼女の言葉を繰り返す時は大抵、時間を稼ぎたい時だ。「ちょっと待ってくれ」と俺は彼女の肩に手を置いた。すると彼女は俺の言う通りに俺に思考時間を与える為にじっと黙る。
わざわざそれっぽく、とは、恋人のように振舞う必要はない、ということか? 俺の都合上必要、とは、今の恋人関係のことか? できる限り協力する、とは? いつの間に俺達の関係はそんな事務的なことになった……? ひょっとして最初から、彼女は。となると、つまり、この二年間積み上げてきた時間は。彼女にとって。ただ、の。

「俺とのことは、遊びだったのか?」
「遊びというか。私はよくわからないけど、大黒くんは別に、本気で私が好きで、付き合っているわけではないでしょ?」

本気も本気で、結婚まで考えているが。今だって、肩に触れている手が震えださないように押さえるのに必死だが。

「き、君は、君の気持ちは、どうなんだ?」
「どうなんだろう。恋人になれたことは、嬉しいと思ったはずだけど」

俺はほんの少しだけほっとする。最初は彼女もこの関係に乗り気だったとわかった。

「今は、まあ、いつ別れることになったとしても大丈夫かな」

……今は違うらしいけどな!!
俺は『別れる』という言葉がなまえから出た、と、それだけで急激に食欲が減衰していく。食べ物どころか飲み物でさえ喉を通らない可能性がある。

「とにかく、クリスマスはごめん。予定があるから」
「う、嘘だろう? 俺がどんな思いでその日を空けたと……?」
「うん。たまにはゆっくり休んだらいいよ」

なまえはへらりと俺の大好きな笑顔で笑って悪魔のようなことを言った。クリスマスに一人で過ごせと? 最愛の恋人を他人に盗られた状態で? 休まるものも休まらない。そもそもその予定とやらは一体誰と、どんな予定なんだ。男がいる、なんてことはない、とは、限らないかもしれない。「なあ、その予定は」

「じゃあ、もう戻るね」

舞い散る花びらのようにひらりと体を翻して、なまえは去って行った。
俺はいつの間にか彼女との間に出来ている超ド級の海溝の、深さを測るところからはじめなければならない。大丈夫だ。クリスマスデートの誘いを断られたとしても、彼女が俺の唯一の恋人であることには変わりはない。……のか? 駄目だ。彼女の友好関係の洗い直しからはじめなければ一切安心できない。クリスマスプレゼントは、アクセサリーに、ぬいぐるみ、その中に盗聴器でも仕込んだら、男がいるかいないかくらいはすぐにわかるはずだ。よし。手の震えが収まったら、手配することにしよう。


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20201217:「直接? 聞けるわけないだろうが! それを聞いたばかりに別れ話をされたらどうしてくれる!?」

 

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