20201212


これは夢か。と俺は思う。
感動する俺を見もせずに、なまえさんは「まあ適当にどうぞ」といつもの調子で言った。俺は気合いを込めて弁当箱ごとこちらに引き寄せて力強い声で返す。

「全部食います」
「いや、無理にとは。多いしさ」
「食います」

「いや、だから、でも、困ったら炒飯で誤魔化したから見た目より重いと思うけど」などと、この人は俺がこれを食べきれない理由について述べたが、とんでもない。なまえさんが作るもの以上の炒め物を俺は食べたことがない。そんな料理を残すなんて太陽神が許しても俺が許さない。

「食います」
「ああそう……それならそれで……」

「私も食べるけどね」と手を合わせて、ぽそりと「全部なくなったらきっと、嬉しいね」と、本当に小さな声で言った。よくぞこの言葉を拾い上げたと自分の聴力を褒めたたえながら、本日何度目かのガッツポーズを心の中だけで作った。
本当に、誕生日当日にデートの約束が出来たこと、お洒落に着飾って来てくれたことなど、数えだしたらキリがない。奇跡のような一日に、既になっている。
広い公園で弁当を広げ、広場で遊びまわる人々を眺めながら、なまえさんと俺はひたすらにのんびりしている。
今日が俺の誕生日だからだろうか。なまえさんは気を使って温かいお茶を紙コップに注いで渡してくれた。

「はい」
「ありがとうございます」

貰ったお茶からは金木犀の匂いがした。やや季節がはずれているが、だからこそ、贅沢な気分になった。体が一気に温まり、自然に深く息を吐く。
第一では、忙しく忙しくしていたこの人だが、本来なら、こういうことの方が得意なのだろう。飛んでいく鳩を目で追って、空を仰いでいる。
穏やかだ。ただただ穏やか。俺となまえさんはたった二人で弁当を囲んでいる。もっと無理を言って、一時までではなく、夕方まで時間を貰えばよかったと思わずにはいられない。

「そうだ、カリム」
「はい」
「このあとも時間ある? まあそんなにかからないとは思うんだけど」
「えっ」

つまり、約束の時間以降も遊んでくれるということだろうか。しかも、この提案はなまえさんから……。大丈夫だろうか。俺は明日から床とか壁とか、天井だとか、普段注意を払わないような場所に注意しながら生きなければ、死んでしまうのでは。
「まあ、流石に忙しいか」と言いかけたなまえさんの言葉にハッとして、事実だけをそのまま伝える。

「っ、あ、あります」
「なら、誕生日プレゼントを買いに行こう」

なまえさんはにこりと笑った。

「誕生日プレゼント? 誰の誕生日の、誰へのプレゼントですか?」
「誰のって、カリムしかいないけど」
「俺の……?」
「欲しいものある? プレゼントさせて欲しいんだけど」
「……俺の?」
「そうだってば」
「俺?」
「そう」

もう一度聞いたら、多分「いらないならいいけど」と怒らせてしまうだろうと思ったので黙る。黙って、何を言われたのか考える。今日はこれからもなまえさんと一緒にいられる。それはいい。二人きりだ。最高である。そのデートの目的は俺の誕生日プレゼントを買うことであるらしい。用意してくれているわけではなくて、今から。いや、火縄中隊長の時もその日に買ったと言うし、条件は同じ、なのか。……。

「ありがとうございます?」

別に、悩んで悩んで、選んでくれたものを貰いたかったとか、そんなことは思っていない。



「まあ折角だし好きなやつを」「色々考えたけどいいの思いつかなくて」「カリムは別に目立った欠点見当たらないし」「で、なにがいる?」なまえさんは淡々と言い、するすると人混みを歩き進み、時折こちらを振り返る。
俺はと言えばさっきまでの複雑な気持ちはどこへやら、色々考えたけど、だとか、欠点が見当たらない、だとか、そう言う言葉に浮かれながら、全力で考える。それでも、欲しいものなんて決まっている。「なまえさんの心が」などと言えたらいいのだが、これをそのまま伝えても彼女は困ってしまうだろうから、困らせたい気持ちをぐっと堪えて実現可能かつ、なまえさんの心が宿るような提案をしなければならない。

「なにか、その」
「うん」
「同じ、ものを」
「うん?」

雑貨屋のショーウィンドウの前で止まったなまえさんに言う。

「なまえさんと、一緒で、同じものを、持ちたい」

んですけど。
なまえさんは「ああ」とだけ言うと、冷静に俺となまえさんとの認識のすり合わせをはじめた。

「おそろい的なこと? 私が使ってるペンのメーカーの話とかじゃないよね?」
「おそろい的な、おそろいで合ってます」

ひょっとしたら引かれるのではと思ったが「ふむ」なまえさんは「おそろいか」と、なんでもないことのように考え続けている。

「それはちなみに、なんでもいいの?」
「な、んでもいいです」
「本当になんでも? おそろいであればいい?」
「はい」

なまえさんはどう悩んでくれるだろうか、と見守っていたのだが「おそろい、おそろい」と呟いた後ぱっと顔をあげて歩き出してしまった。あまりにもさっさと歩いて行くので付いて行くのも一苦労だ。と言うか、ちょっと、歩みに、迷いがなさすぎるような。

「これでどう?」

そうしてついた店に入ると、何かを購入してぱっと店から出てきた。これは、きっと、なんでもいい、なんて言った俺が悪いのである。もっと難しいことを言うべきだったかもしれない。
なまえさんが得意気に指先からぶら下げているのは、目つきの悪いカラスのストラップだ。同じものが二つ。いや、よく見ると、尾の部分がぴったりひっつくようになっている。嬉しい。嬉しいのだけれど。判断が早すぎる。

「ありがとうございます……」
「よし。じゃあこれね。カリム。誕生日おめでとう」

どこにつけようかな、と悩み始めたなまえさんに、本日最大のわがままをぶつけてみる。些かネガティブすぎる話かもしれないが、どうしても言っておきたくて、「なまえさん」と呼んだ。「あの」

「ん?」

早速自室の鍵につけようとしているなまえさんを真っすぐ見下ろした。

「それ、その、俺が、もし、この先、なまえさんの恋人になれなくても」

なまえさんは、自分で買って来たストラップを気に入っているようで、指の先でずっと撫でている。この約束は、守ってもらえてしまったら、きっとどちらにとっても辛いのだろうけれど、ぐっと拳に力を込めて、一番大切な部分を絞り出した。

「捨てないでくれますか」

どこかに大事にとっておいてほしい。思い出になって忘れ去られてしまうのはしかたがないのかもしれないが、何か、一つだけでも。俺を思い出してくれるものがこの人の近くにあればいいと、鬱陶しい願い事をしている。女々しいと自覚しながら、なまえさんの言葉をずっと待った。「んん?」

「恋人になったとしても私は、いらないものは捨てるけど」

……。

「そうですよね! 貴女はそんな感じのそういう人でした!」
「うん」

泣けばいいのか、笑えばいいのか、怒ればいいのか、しかし、なまえさんは意地悪でそんなことを言っているわけではなく、これはこの人の生き方なのだろう。ある意味で、その返答は平等だった。「でも、まあ、わかった」

「いいよ」
「いい、とは」

ちゃり、と鍵とストラップが擦れて音をたてる。買ったばかりだから傷もないし、チェーンの部分もきらきらしている。なまえさんはストラップを鞄に仕舞いながら、俺の言葉に真正面から向き合っている。

「カリムは恋人じゃないからって理由では捨てないよ」

それはつまり、恋人だからという理由で持っているとも限らないと、そう言っているのだけれど。俺は何故か、なまえさんらしい返答だと安堵してしまった。口先だけでも、一生持っていると言わせたかったはずなのに、その迷いのなさに、安心感を抱いていた。

「それより、これほら、カリムに似てない?」

だから、もう、貴女は。
そんな理由でこれを選んだとしたら、貴女は俺を傍に置いていることになるんですよ。いいんですか。それはもう、俺を選んだことになりませんか。
焦るな、と自分に言い聞かせながら静かに、もう一つわがままを言った。

「ケーキも食べてェんですが」
「よしきた」

一生こんな距離感でもいいような気になってはいけない。けれど、やっぱり、どうしても、この先どうなっても、なまえさんの隣の、この居心地の良さは変わらないのだろうと、そう、思った。


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20201212?:ごめんおめでとう。

 

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