君の知りたい世界のこと/ジョーカー


気まぐれだった。まあ気まぐれでなければジョーカーが怒るから、気まぐれでなくても気まぐれと言うのだけれど。
ふらりと入った書店にて、若い女性向けの雑誌がふと目に入った。熱心に読み込む(立ち読みだが)女性は、僕と同じくらいの歳、つまり、なまえと同じくらいの歳である感じがした。
僕は心を無にして雑誌を数冊買ってみた。
もちろん僕が読む訳では無い。

「はいこれ」
「……何ですかこれ?」

紙袋ごと雑誌を渡すと、なまえはすぐに袋をあけた。ジョーカーが何かをあげると警戒心が先に立つのに、僕は無害だと思われているのがわかる。

「……リヒトくんの愛読書?」
「なわけないでしょ……」
「……アッ、ジョーカー……」
「そうかもしれないけど違うって」

君に。と言うと、なまえはあからさまに驚いて、雑誌と僕の顔とを交互に見ていた。何をそんなに慌てることがあるのだろうとなまえからの言葉を待っていると。

「わ、私、ジョーカーのおまけみたいなもので、なにも、リヒトくんの手伝いとか、やれてないと思うんですが」
「え……? ああ、そういうことか……」

理由が必要ならないわけではない。
それで納得するならと、僕はこの前何日か連続で持ってこられた炒飯のことを思い出す。まあこれでいいか。

「この前の炒飯、さらに前の餃子もだけど、美味しかったからそのお礼って考えてくれればいいよ」
「ジョーカーからは不評だったのに……! ありがとうございます!」
「いや……、不評ではなかったんだけど君が毎日毎日作るから……」

わーい、などと言う二十三歳児にはもう聞こえていない。雑誌を開いて黙々と読んでいる。論文からファッション雑誌まで幅広い読書の趣味だ。元々理解力はある方なのだろう。劣悪な環境でも思考を放棄しなかった彼女の努力の賜物だ。
なまえが手をつけていない本をぱらぱらと捲ってみるが、きらきらしすぎて目がチカチカした。疲れた目には堪えるなあ。
内容はおよそ女性受けしそうなテーマばかりだ。季節のトレンド、最新の化粧品、健康法、ダイエット法、それから結婚、恋愛、いい女の条件……? そんなものの定義を外に求めるのはどうなんだろう。しんどそうだ。
記事には、素直な方がいいだとか、マナーがいいとか所作が綺麗だとか、まあそんなことがつらつらと書いてあるのだが。素直さで言えば、なまえは満点だ。
そんなことを考えていると、

「……リヒトくん。いい女って、どういう意味?」
「えッ」

いつの間にか僕の手元を見ていたなまえが問う。ええと、この場合聞かれていることは、おそらく、いい人とはどう違うのか、とか、そういう事だ。かっこいいかわいいとはそもそもどんな感情か、とか、そんな問いでもあるだろう。
しかし、かっこいいかわいいはたまに使っているから理解しているはず……。

「それはかなり……、概念の話だから、ほらここに書いてあるみたいにさ。明確な意味はないんじゃないかな」
「んー……? じゃあ、一般的なイメージの話で言うと」

なまえはパタンと本を閉じて、表紙を飾る女性をそれぞれ指さした。「こんな感じ?」と。まさしくその通りだと僕は思う。「そうそうッ!」なんだか、意思の疎通がスムーズに行った喜びで、頭を撫でてしまった。嫌がらないのでぐしゃぐしゃやり続けていると、ちょうど帰ってきた彼女の保護者から物言いが入った。

「オイ、何してんだ」
「おっと、ごめんごめん」

僕は慌ててなまえを離すと、なまえは「ふふ」と頬をぐしゃぐしゃに撫でられた柴犬のような顔で笑っていた。不覚にもきゅんとする。いい女、の一般的な像からはやや離れるが、僕は彼女にはこのままでいて欲しいと願っている。
上機嫌ななまえに、不機嫌そうなジョーカーがのしかかり、緩みきった頬を軽く抓る。

「随分楽しそうだったじゃねェか」
「うん。今日はいつもよりリヒトくんに構って貰えましたから」
「ほー?」

そんな顔で見なくたって取ったりしない。僕は自分の作業に戻る。

「ちなみにジョーカーはどれがいい女だと思う?」
「いい女だァ? そりゃ一番手前だろ」
「ああ、この子。かわいいよね」

雑誌を乱雑に広げて話をしているようだが、ジョーカーの一番手前の女の子と言うのは、おそらく……。
思わず吹き出すと、「笑うんじゃねェよ」とジョーカーは言った。


-----------
20191107:いい女の日。いい女ってなんぞやぷー。

 

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -