ASAKUSA's HATE CLUB/紅丸


「紅ちゃんが可哀想じゃねェか」

またか。と、思う。その言葉に心を荒らして、しかし、それをなんとか表面には出さずにいつもと同じように答える。

「だから、新門くんとは、そういうんじゃないって」
「またまたあ。紅ちゃんが暇さえあればあんたに会いに行ってんのは、浅草の連中ならみーんな知ってるぜ?」

会いに来ることと、それを私が相手にすることは全く違う話だと、浅草のみんなとやらは誰も気が付かないでいる。私は「仕事あるからもういい?」と八百屋を後にした。「紅ちゃんによろしくなー!」知るか。挨拶くらい自分でしてくれ。
新門紅丸と私とは、所謂幼なじみというものではあるが、それだけだ、それ以上のことはなにもない。告白をされた覚えもない。だと言うのに、何故か、付き合っている、恋人同士である、という噂が地位を獲得し、さも真実であるかのように語られていた。
家の連中に買い出しを頼まれたので仕方なく外に出たのだが、必ず、老若男女問わず「紅とはどうか」と聞かれる。うんざりである。
さっさと帰ろうと足を早めると、後ろから声がかかる。嫌な予感がした。聞かなかった振りをしようかと思ったのだが、そういうのも、爆速で広まり下手をしたら浅草中から非難されかねない。

「これ、良かったら持ってって」

そのおばあちゃんは私に大きな風呂敷と一升瓶を手渡した。「これは」私はお酒はほとんど飲まない。貰っても仕方がない、と視線で言うが、返ってくる言葉は予測できすぎるくらいにできて、返事を聞く前から体が重くなる。

「だったら、紅ちゃんにもってってあげて」

ため息を飲み込んだ。耐えた。偉い。

「はやく二人の子供の顔が見たいねえ」

ため息どころか昼ごはんまで吐きそうで、挨拶もそこそこにさっさと歩き出した。この町は絶対におかしい。



預かってしまったものは仕方がないので、第七の詰所に行き、掃き掃除をしていた紺炉さんにどちらも押し付けた。
「では」「ちょっと待て」慌て様から新門くんは出かけているらしい。捕まる前に帰りたくて私は忙しいですという雰囲気を全力で出していく。

「もうすぐ、若も帰ってくる。待ってたらいいんじゃねェか」
「いえ、私色々やること残してきてるから」
「だからってなあ。茶くらい」
「すいません」

なんで私が謝らなければならないのか。舌打ちしそうな衝動を押さえつけて頭を下げる。すぐに頭を上げながら踵を返し逃げるように詰所から離れた。物理的に引き止められたら逃げられない。人が集まる前騒がれる前でないと、逃げるのも一苦労なのである。
そうして、捕まらないように逃げたのに、私の意思とは関係なく、彼はやってくるのだ。街中だろうと私の作業場だろうと関係ない。
声をかけられる前に先行してため息をついておいた。「なまえ」彼は噂について、何も言わない。それどころか、そう言われることを喜んでいるようにも見えた。
ちらり、と彼を見上げると、ここまで急いで来たのだろう。少しだけ息が乱れている。ご苦労なことである。

「お酒。紺炉さんに渡したから」
「おう」

大して用事もない癖に追いかけてきたせいで、明らかに話題に窮していた。ただ、隣を同じ速度で歩かれる。この通りはまだ静かだからいいが、大通りに出たら面倒だ。
出来ることならこのあたりで帰って欲しくて立ち止まった。

「……ごめん、なに?」
「せっかく来たんだからよ。茶でも飲んでかねェか」
「いいよ。気を使ってくれなくても」

君だって忙しいでしょう。私みたいなのに構ってなくていい。私にも仕事がある。本当はこんな無駄なことを話している時間すら惜しい、とは、言わなかったが、迷惑なのだと伝わればいい。
しかし、新門紅丸は気付いているのかいないのか、私よりも真っ直ぐに自分のやりたいことを伝えてくる。「気を使ってるわけじゃねェよ」強すぎる赤の双眸が、なにをそう必死になることがあるのか、私だけを見つめている。

「俺が、一秒でも長く、引き止めたくて言ってる事だ」

気を使ってくれ頼むから。

「ごめん。今日は帰るから」
「いつもそれじゃねェか」
「とにかく、帰る。お茶はしない」
「なら、送ってく」
「それもいらない」
「ただの散歩だ」
「じゃあ私は別の、」

道を行くから、と来た道を戻ろうとしたところで、声をかけられた。普通、言い争っている男女に口出しをする人間なんていないはずだが、ここではこれが普通なのだ。

「おっ! 痴話喧嘩かい!? 盛り上がってるねえ!」

痴話喧嘩ではない。私はこういう話になると、ありったけの軽蔑の気持ちを込めて本当のことを教えてあげるのだ。

「付き合ってない」

恋人じゃない。彼氏じゃない。色々バリエーションはあるが、否定する。これは私が唯一できる抵抗だ。できるだけ、恋人になんか見えないように振舞って、彼との距離を稼げるだけ稼ぐ。これでも、痴話喧嘩と言うのか。私がそう睨みつけるのに、はやし立ててきた男は笑う。「はははは!」笑う。

「そんなこと言ったら、紅ちゃんが可哀想だろ!」

なあ、紅ちゃん。とその男は言うので、私も同じように新門紅丸に向き直る。

「新門くん」

そもそもだ。そもそも、こんな噂が広がっているのはほとんどこの男のせいとも言える。面白がってかなんだか知らないが、揃って否定をしていれば、こんなことにはなっていないはずなのに。

「付き合ってないでしょう。私たちは」

新門紅丸は、まるで私が感情的になってそう言っているのだと、呆れるみたいに、しかし、付き合ってやっているという風に余裕の表情と声音で言い放つ。

「そう冷てえことばっか、言うんじゃねェよ」

この浅草に、私の味方はいない。


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20201205
スタートラインってタイトルの一人アンソロ作りたい。

 

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