一目惚れ存在証明/黒野


「好きです」

強いところや、何を考えてるか分からないところ、弱いものいじめが好きなところも全部含めて、と、そいつは確かにそう言った。



「それはおめでとう」

私はこんな淡々とした自慢を聞いたことがない。自慢ではない可能性もまああったが、どちらにせよそれしか言うべき言葉がない。
私の研究室に押しかけてきた優一郎黒野は口をへの字に曲げて「付き合ったわけじゃない」と言った。ならばなんだと言うのだろう。仕方が無いので書類の整理を一旦やめて座ったままで彼を見つめる。

「そいつは、俺が好みの真ん中にいて、俺のありとあらゆるところが刺さったそうだ。なんなら物理的に刺してくれてもいいとまで言っていた」

そういう女の子もまあ、世間に一人か、二人くらいはいるかもしれないが。と言うか、そこまで言ってもらえることはこの先無いかもしれないし、何故、この男はその彼女をフッてしまったのだろうか。
そして、何故、その話を事細かに私に教えてくるのだろう。
黙っていると、優一郎黒野は痺れを切らしたように一歩こちらに近付いてきた。

「確かに、そう言った」
「別に嘘だとは思ってないけど、それが、どうしたの」
「俺は、アリ、らしい」
「……?」

だからなんだ? 私の中でどろりとした嫌な予感だけが積み上がっていく。そろそろこの予感はこちらに倒れてくる気がする。衝撃に備えて、ぴん、と背筋を伸ばして優一郎黒野の言葉を待った。

「なら、お前にも、俺を好きになる可能性があるだろう」
「は?」
「あんな奴がいるんだ。可能性は、ゼロではないんじゃないか」

「俺は有り得ないだろうと勝手に諦めていたんだが」優一郎黒野はそう続けた。その告白を受けたことにより自信がついて、ここに来たのか? 冗談じゃない。聞かなかったことにしたい、が。そんなことをして無言であったことを好意的に捉えられたらそれこそたまったものではない。私はこの男のことをよく知らないが、滅茶苦茶で、その滅茶苦茶を通せるくらいに強いことはやりとりをするうちにわかってしまった。

「いいや。有り得ない。優一郎黒野は私には刺さらない」
「俺が男で、お前は女なのだから、物理的に刺すことは可能だ」
「それもしかして殺すとか殺さないとかじゃなくて性行為の話してる? いや答えなくていいや。とにかく、優一郎黒野はない。貴方の言い方を借りるなら『ナシ』だ」
「……」

優一郎黒野は目を見開いてじっ、と私から視線を逸らさない。

「……なに?」
「そんなに思い切り否定されると思わなかった」

ショックを受けているらしい。まるで普通の人間のような反応だ。私はうっかり呆れて鼻で笑っしまった。アホらしい。付き合いきれない。優一郎黒野は噂に違わぬとんでもなさをそのままに「強いて言うなら、一箇所くらい刺さっているだろう?」と聞いてきた。いやいや。

「そもそも、貴方と話をするの、はじめてなんだけど」

私は優一郎黒野のことを名前と所属と噂、それから見た目しか知らなかったのだ。挨拶すらしたことがない。そんな状態から一体どうして付き合えるかもしれないなんて、ああ、だからあれか、例の特殊性癖の女の子からの告白が彼を後押ししたのか。なんて迷惑な!

「そうだが……そうだな……」

わかった、明日も来る。と、優一郎黒野は踵を返し、研究室から出ていった。出て、開け放った扉を閉めながら言う。「俺のいい所を見つけてくれ」切実な表情と声だった。
私はすぐさま研究室を移動させて貰えるように申請書を書き始めた。


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20201211:同じ女だし、もしかしたら勝手に良く見てくれてる可能性もあるかもしれない、と楽観した。

 

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