罪状:抱えきれない程の優しさ14-2


なまえの昔の恋人を名乗る男は、本当に、俺の知らないなまえをよく知っていた。
学生の時はもっと不安定だったこととか、無理をしては自分を見失っていたこと、大きなミスをして泣いていたこともあったそうだ。全部が真実かどうかはわからないが、なまえとこの男、二人きりの写真を見せられる度に気持ちがどんどん沈んでいった。「なまえ」とこの男の口から出て来る名前も、俺が知っている人とは別人のように思えた。
もっとよく知りたいと思って聞き始めたはずなのに、聞けば聞く程わからなくなる。なまえがどんな人間だったのか、思い出すなまえの姿にもやがかかっていくようだった。
気分が悪い。腹いせに「そんなに仲が良かったのに別れたんだな」と吐き捨ててみると、男は余裕の表情で口を開けて笑いやがった。

「やっぱり。お前はあいつが好きなんだな」
「だったらなんなんだ」
「別に。ただ、あいつは変なところでちゃんとしてるからな、たぶん、駄目だろうな」

全身が凍り付くような不快感が走った。駄目。駄目ってなんだ。どうして、こいつに、そんなことを言われなければならないのだろう。話しかけられた時から、これは善意や厚意ではないと思っていたが、ぶつけられているのは明確な悪意だと今確信した。気分が悪くなって当然だ。
これ以上は聞いていたくない。
俺は席を立ち、バックヤードに引こうとした。こいつは俺が気に入らないのだ。今、なまえの傍にいる俺が、気に入らなくて。

「もういいのか? まだあるぞ。例えば、夜のあいつは――、」

ポケットに入っていたボールペンを、真っ直ぐ、男の右目を目掛けて投げそうになった。投げずに済んだのは、店長が俺の腕を掴んでくれたからだった。

「お客様」

「彼は今から休憩ですから」表情こそ穏やかだったが、有無を言わさぬ圧があった。あいつは、ひょっとしたらこの店と、この店長のことを知っているのかもしれない。つまらなそうに鼻を鳴らして店の外に視線を投げた。

「なにしに来たんだ。あいつ」

俺が休憩室でそう言うと、店長は「君が羨ましいだけですよ」と笑った。本当にそうなら、俺が落ち込む必要はない。気持ちは晴れないが、俺は少しだけ笑った。「あ」そんなことより。

「ありがとう。止めてくれて」

もし、怪我でもさせていたらなまえにまで話が行っただろうし、警察なんかが出てくると俺は大変に困ってしまう。話が大きくなれば店にも多大な迷惑がかかったのだろう。本当に、止めて貰えて助かったと思う。気を付けなければ。感情に任せた行動で、残り、どれだけあるかわからないここでの生活を壊したくない。

「いいえ」

店長は、もうすっかりいつもの調子で微笑んでいた。



休憩から帰ってくると、もうあの男はいなかった。
けれど、もしかして外で待ち伏せされていたり、なまえの方へ行っていたりするんじゃないかと不安になった。俺を待っている分にはいいが、なまえを困らせるのは許せない。……いや、なまえは困るのだろうか。あの雷の日は嫌がっていたけれど、普通に街で会うことまで、嫌、だとは限らないかもしれない。
俺は勝手にネガティブなことを考えてしまって「はあ」と一人で溜息を吐いた。
そして、荷物を持ってバックヤードから外に出る。軽く周囲の気配を探ると、停まっているトラックの向こうに何やら人の気配を感じた。ちらちらとこちらを窺っているようにも思える。
まさか、あいつが。
俺はゆっくり気配がする方へ近付いて行って、威嚇するように声をかけた。

「オイ」
「っひゃい!」

「えっ」返って来たのは、男の声ではなかった。
何度か見かけたことがある、紺色のセーラー服に、赤いリボン。なまえに見せてもらったアルバムで、なまえが着ていたものと同じ高校の制服だ。

「悪い。驚かせるつもりはなかった」
「あ、いや、あの」

何をしているのか知らないが、あの男と違って悪意のようなものは感じなかった。放っておいてもいいだろうと判断してそのまま歩き出す。はやくなまえを迎えに行きたい。そう思っていたのに、目の前の高校生の女は「ま、待って!」ぎゅ、と俺のコートを引っ張った。

「なんだ?」
「え、えっと、あ、の、」
「なんだよ」
「あなたを待ってたんですっ!」

「え?」今日はよく不思議なことが起こるな、と首を傾げた。
待っていたならば、用事があるのだろうか。俺は時計を確認する。あまり時間は取れない。俺が時間を気にしたことに気付いて、女は慌てて「大丈夫! 時間は、そんなに、」かからないから。声が言葉を発するごとに小さくなっていった。

「それで、だから、」
「……」

女は顔を耳まで赤くして、視線は忙しなくあちこちへ彷徨い、時々俺と目が合ったかと思うとすぐに逸らされる。この反応は覚えがある。どこかで見た、いや、感じたことがある。とても身近なものだったと思うのだが。

「あなたが好きですっ! だから、お友達になってください!」

そうか。最近の、なまえを前にした時の俺と似ている。目が合うと嬉しいのに、長くは合わせていられなくて。顔や体が異常にあつくなる。……うん?

「こ、これ、私の連絡先です! 聞いて頂いてありがとうございました!」

すごい勢いで背筋を伸ばして、直角に体を曲げてお辞儀をして、全速力で駆け去って行った。俺はただ握らせられた紙切れと、あいつが走って行った方向を、交互にみつめた。
……つまり、これは、どういうことだ?
考えているとなまえの迎えには行き辛くなってしまったので、なまえの会社へ行く途中で足を止めて、そのまま反対方向に歩き出した。
びっくりした。あれは、告白というものだ。


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20201231
14-2

 

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