五分だけでもいい/STARTLINE


外に出ると「奢る。絶対に。ご馳走させてくれ」としか言わなくなったので気になっていたフルーツサンドを奢ってもらった。「全種類だな!」意気揚々ととんでもない事をしようとするのでそれを阻止して、いちごの入ったやつが本日の私の昼食だ。ちなみに彼は普通にたまごサンドを買っていた。
飲み物も適当に調達して、ベンチの中央に置くと、両サイドに私たちが座る。「遠くないか?」部長の疑問はよくわからなかった。二人きりで食事をしている時点で遠くはない。「あと、質素すぎないか? 俺の本領が全く発揮されないんだが」知らないが。

「それで、お話っていうのは」
「待て!待ってくれ。その前に雑談でも」
「連日続く嫌がらせ、本当にやめて欲しいって話なんですけど」
「……嫌がらせ?」
「はい。まあ。部長にもいろいろあるんでしょうけど、そう毎日八つ当たりされると私もそろそろしんどいというか、最近会社に出てくるのも億劫で、夜もあんまり」
「通りで最近顔色がよくないと……いや、待て、待て、待ってくれ。俺は嫌がらせをしているのか? 君に?」
「してるでしょう。毎日、用事もないのに絡みに来て」
「八つ当たりなのか?」
「私が迷惑がってるの楽しんでますよね?」
「……」

大黒部長は頭を抱えてなにやら考え込んでいた。私は買ってきたコーヒーを一口すすって、フルーツサンドを頂く。美味しい。部長の食事は全く進んでいない。
ゆっくり顔を上げると、部長は一つ前置きをした。「これは、俺の嘘偽りない気持ちなんだが」

「君のことが、好きだ」
「……いやそんなわけなくないですか?」
「そんなわけないことないだろう。俺は嫌がらせでしたことなんてひとつも無い。全部、君に気にして欲しい一心でやった事だ」
「絶対に嘘ですよ」
「嘘じゃない」
「私嫌がってたのに全然やめなかったじゃないですか。挙句ヴィクトルにまでひどいことして」
「やめたら終わりだろう。君は興味が無いものにはとことん興味が無いし、ただの上司と部下以上の関係になるには、多少無理矢理でも」
「ヴィクトル拉致して椅子に縛り付けるのは、多少、ですか」
「悪かった。君が根に持っていることはよく分かった。だが、嘘か本当かみたいな話は、いや、本当なんだが、信じてもらう他ないからな、一先ず、俺は君が好きである、ということを真として話を進めないか?」
「はあ」

私は曖昧な返事をした。私にはさっぱり分からないが、説明出来なくはない。好意があったとするならば、好意ゆえだったとするならば、納得は出来ないが、話を繋げることは出来る。やはりこの人はどこかおかしい。という話にはなるが。私にとっては、「どちらでもいいですけど」

「私の恋人? とか、そんなものになりたいんだとしても、私に恋人を作る気がないのでやっぱり迷惑です」
「君が俺の事を好きでは無いのはわかっていたが、君の望みはつまり、用がないなら話しかけてくるな、と、そういう訳だな?」
「ずっとそう言ってますが」
「無理だな」

今までになく理性的に話ができている気はするのだが、解決への糸口が見えない。私はやはり明日からも彼の襲来を面倒くさがって過ごさなければならないのだろうか。やはり転職しかないのだろうか。いや、でも、ここより給料がいいところは。もう少し頑張ってみようと拳を握って顔を上げる。

「……死ぬほど迷惑なんですが」
「迷惑がられても、俺は君に会いに行くだろうな」
「なんとかなりませんか」
「ならない。俺は、君に気にして貰いたい」
「他の方法とか」
「文通か交換日記だな」
「面倒臭いな」

そっちの方が時間を取られそうだ、と私はげんなりとした。

「いっそ付き合ってしまうのはどうだ? 俺は君の恋人という肩書きが得られるならなんだってするぞ」

何を馬鹿な。と思うが、私はきゅ、と口を閉じて考える。なんでもする。と、彼は言った。

「その肩書きさえあったら、用もないのに話しかけに来たり、私の周りに迷惑をかけたり……私が嫌だって言うことは全部やめてくれます?」
「もちろんだ! 必要が無くなるからな!」
「なら、それでいきましょう」
「なに?」

我ながら名案だ。そんなもの、私には無用の長物だが、大黒部長がそんなに欲しいなら持っていればいい。私は何度も頷いた。

「それでいきましょう。私の恋人って『肩書き』を差し上げますから私にちょっかい出してくるのやめてください」
「は? いや、君、自分が何を言っているかわかっているか? 確かに俺はその肩書きさえ得られればと言ったが、大前提として君と仲良くなりたいんだから、そんな条件飲めるはずが」
「……嘘だったんですか?」
「……」

私は大きくため息をついた。せっかくこれだと思ったのに。解決しないのならば別の方法を考えなければならない。いっそ訴える、裁判を起こすというのは……いや、私の戸籍はあまりしっかり調べられるとまずい。法的な手段には頼れない。アウトローの辛いところだ。

「なら、駄目ですね、別の方法を、」
「待ってくれ。わかった。ただし、一つ条件を出させてくれ」
「条件?」
「ああ。月に何度か、君の時間をくれないか」
「……嫌です」
「君な、これは取引だぞ。自分の主張を通すなら、こちら側からの要求も少しは聞いてくれ。なにも、一緒に暮らそうってわけじゃないんだ」

つまり、まとまった時間を部長と過ごす日を作る必要があるわけだ。毎日よりは楽になるのだろうか。いや、時間にもよるな。今日みたいに一時間なら大丈夫だが、半日、一日になってくると……。

「……私、なによりも優先していることがあるんです。どうしても、やりたいことがあって。だから、恋をしている暇はない」
「そうか。ならそれが最優先でいい。本当に時間が取れる時に、最低でも月に一回は俺と二人だけの時間を作ってくれたら、あとは君の言う通りにしよう」

更に、部長は自分を売り込むように続ける。自分は如何に都合の良い商品かどうかを話し続ける。

「俺程の恋人がいれば、他の男に言い寄られることもないだろうからな! 君が、そのやりたいことに真剣になるには悪くない話のはずだ」

部長は何もしていないのに勝ち誇ったような笑顔で、まさに絶好調という風だ。

「それに、どうだ? 君のやりたいことに、俺は使えそうにないか? 仲良くしておくと、いい事があるかもしれないぞ?」

それは思わないでもない。なにかの拍子に使える可能性はある。ただし、その為に私は恋人という肩書きをあげて、さらにこの人の為に時間を取らなければならないのだ。やめろと言ったらやめてくれるようになる為に、私にまで制限がかかる。

「……うん? 最終的に私の方が差し出すものが多いような」
「そんなことはない。これはなかなかフェアな取引だ」

そうだろうか。あいにく私には、恋人という肩書きの重要度合いがわからない。脳を回すため、サンドイッチを飲み込んだ。うーん。

「まあ、いいか。月に一度ですね」
「最低、月に一度だ!」
「月に一度、時間取ればいいんですね」
「最低な! 最低一度!」
「わかりました。月に一度、二時間くらいでいいですよね?」
「短いな!?」

このままだとどんどん引き伸ばされそうな予感がしたから、早々に会話を終わらせておく。手を差し出して、にこりと笑って見せた。

「よろしくお願いします、私の恋人の、大黒部長」
「……よろしく。俺の恋人の、なまえみょうじ」

「さて」と話も終わったし戻ろうとすると部長は思い切り私の腕を掴んで「いい天気だな……?」と無理やり話を振ってきた。「こんな天気のいい日は仕事してるのがもったいないな?」「なあ? そうは思わないか? なまえ?」……。
しかたないな、と座り直した時、なんだか、とても、嫌な予感がした。このまま溶かされてなんとなくで最後まで付き合ってしまいそうな、薄ら寒い予感だった。


-----------
20201109:ここまでで区切りですありがとうございました!
とは言ってもこの後月に一度の大事な時間に何着ればいいかわからなくなる部長とか話しかけたいけど必死に耐える部長とかきっといる…

 

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -