折れて曲がって飛び越えて1


二年ぶり、だろうか。
第八特殊消防隊の所有する、マッチボックスから浅草の空を見上げて目を細める。
ここから見上げる空は、他とはやはり少し違う。
うん、懐かしい。
降りる皆を見送って手を振る私に、桜備大隊長がこそりと言った。
 
「本当に留守番でいいのか」
「私が行くと話がこじれる可能性すらありますから。本当なら第八の事務所で待っていたかったくらいです」

ヤゲン通りに停めた車から、皆が少しずつ遠ざかっていく。「いってらっしゃい」私が言うと、オウビ大隊長は「ああ、いってきます」と笑った。
太陽みたいな笑顔だった。この笑顔を見る度に、第八に入ってよかったと思う。
途端に静かになったマッチボックスの中で、皆を待つ。
肌に慣れた喧騒が、遠くに聞こえている。



焼け焦げた匂いがする。
木だったり人だったり。
自分も焦げていたんだったかもしれない。
二年前だ。
私は一つの決意をした。
この町を、もっと全力で守る人間になろうと。
この町を守ろうとする人たちを支える人間になろうと。
そう、決めた。

「お前は、第七にいらねェよ」

決めたのに。



浅草の匂いが懐かしすぎたのか、これまた懐かしい夢を見ていた。
私はふと、目を擦りながら路地の闇に視線を向ける。
何かが、翻って奥へ逃げて行ったように見えた。

「……ん? 今のは」

人だった。
こちらを観察していて、私が起きると、そっと逃げた。
服は白。
私はマッチボックスを降りて路地へと入ってみる。もう誰もいない。
だが、あれは?
途端、背筋がぞわぞわするような感覚が地面から立ち上ってくる。……報告した方がいいかもしれない。そんなことを考えながら振り返ると、浅草の町民と目があった。
目が合ってしまった。
見つかった。まずい、かもしれない。

「あ……ッ!?」

指を刺される。やっぱりまずかった。

「なまえちゃんじゃねーか! 久しぶりだなあ!」
「あ、あー、久しぶりです」
「おい、見てみろお前ら! なまえちゃんだぞ!」
「何!? 帰って来たのか!!」
「無事だったの!?」
「長い喧嘩だったねえ! もう、なまえちゃんったら根性あるんだから! あれはあの火事の後だから、二年? 二年も迎えに行かない紅ちゃんも紅ちゃんねえ」
「またキレイになって……、背も延びた?」
「ん? なまえちゃんも今は消防官なのか? 灰島で働いてなかったかい?」
「あーー……」

まずい。

「とにかく紅ちゃんに会っておいで!」
「二年ぶりに二人が並んでるところが見れるのか!」
「こりゃ楽しみだな」
「酒用意しろ、酒!」

まずいまずいまずい。

「さあ、行くぞなまえちゃん。紅丸はこっちだ!」

浅草の町民は私が困っているのを見て見ぬふりをして、私を囲い担ぎ上げた。こういう時、第二世代の能力者の私はもうどうしようもない。まさか全員殴って逃げるわけにはいかない。
報告したいことも出来たし丁度いい、と思う事にした。



わっしょい、わっしょいと掛け声のする方を見れば、マッチボックスで留守番中だったなまえさんが投げられたり受け止められたりしていた。胴上げされながら運ばれている。ちょっと楽しそうだ。

「どうした、シンラ」
「見て下さい、なまえさんが運ばれてるんです……」

……楽しそうだと、思ったけれど、今まで見たことがないくらい目が死んでいた。



「紺さん紅ちゃん! なまえちゃんだよ!」浅草の皆は、紅よりも先に見つけた紺さんの前に私を置くと、蜘蛛の子を散らすように去って行った。
「なまえ……!?」紺さんは私の肩を掴んで、二年前と変わらない笑顔で懐かしんでくれた。

「久しぶりじゃねェか! 元気にやってたか」
「……、お久しぶりです。紺さん。私は元気ですよ」
「そりゃ何よりだ。ちょっと見ない間に女が上がったんじゃねェか?」
「よしてください。褒めても何も出ません」

紺さんはこうだと思っていた。
大丈夫だ。
だが。
すぐ後ろで、不機嫌そうに立つ男が私を睨む。

「てめェ……」

こんな顔をされるようになったのはいつからだったか。
忘れてしまったけれど、今はもう最初からこうだった気がしている。
仲良くできていた時期もあったはずなのだけれど。
私は上手く思い出せない。

「なんで、ここに居んだ」

最悪だ。


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20191107:乗るしかねェ、この、びっぐうぇーぶに。

 

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