五分だけでもいい/閑話休題


なまえは最近、秘密基地でほとんど眠っている。やりたいことは色々あるようなのだか「つかれた」と一言言うなりベッドに倒れ込み、三秒もしない間に眠っている。そして起きてくると「化粧くらい落とせよバカ……」と自己嫌悪に陥っている。
彼女いわく、原因は大黒部長に日夜繰り返される嫌がらせ、とのことだが、僕は最近、それはやはり彼女の勘違いであるという確信を得た。

「ん? なまえの奴、また寝てんのか」
「うん」
「例の上司からの嫌がらせが酷いんだろ?」
「うーん」

ジョーカーは「焼くか?」と物騒なことを言っているが、大黒部長がなまえに定時ギリギリに仕事を押し付けるのも、なまえに執拗に構うのも、べたべた触りたがるのも(これは露骨だと思うのだが)「嫌がらせじゃなくて……」なまえの部屋の方をちらりと見る。

「アプローチ、かな」
「……は?」
「大黒部長はなまえが好きで好きで仕方ないみたいだったよ」
「はあ?」
「だからあれは、なまえにちょっとでも構って欲しくてやってるんじゃないかな」
「……なまえは、気づいてねェのか」
「なまえは嫌がらせだと思い込んでるから。人に対しては結構思い込みが激しいところがあるからさ」

普段はそんなことないんだけれど。特に、初対面の印象が悪かったり、傷付くようなことを言われていると自己防衛の為か「この人はこう」と決めてかかるところがある。あくまで自分を守る為なので、それが攻撃に転じることはない。しかし、彼女との接し方を間違えると後々大変なことになる。
例えば大黒部長や、彼、ジョーカーも、はじめて会った時に「なんだ、男じゃねェのか」と言ってしまったせいで、彼女に「自分は女だと思われていない」と思い込まれている。その後どれだけ覆そうと頑張っても(「かわいい」だとか「きれい」だとかそういう言葉を尽くしても)「はいはい」と流されてしまっている。

「……」
「気になる?」
「気にならねェわけねェだろ。大事な妹分だぜ」

それもまた嘘ではないが本当でもない。
ジョーカーはなまえの事が好きだから、自分の知らないところで知らない男にアプローチされている、なんて知ってしまったら気が気ではないだろう。僕が笑うと「笑うな」と怒られてしまった。

「けど今のところ、なまえは部長のことものすごく嫌いみたいだし、大丈夫だと思うよ」
「お前は気にならねェってか」
「気にならないわけじゃないけど、でも、なまえは弱くないし、たぶん大丈夫」
「なんだそりゃ」

「なんだってんだ」ジョーカーは居心地が悪そうにあたまをかいた。ジョーカーの方が距離も近ければ共通の秘密もあるけれど、もしこれがひっくり返るとしたら、それはどんな時なのだろうか。

「がんばってね」
「うるせェ」

僕は、なまえが誰より幸せになってくれるなら、それでいい。


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20201105

 

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