五分だけでもいい/被害者、ヴィクトル・リヒト


昼は毎日ヴィクトルの研究室まで行ってご飯を食べている。お弁当を持って二人でだ。話すことはいろいろだが、最近私は無駄に疲れていて空いた時間は眠っているかヴィクトルの背にもたれてぼうっとしているかどちらかだ。原因は言うまでもなくあの部長である。
私は仕事の話の時以外は無視を決め込んでいるのだが、タピオカの件以降、毎日、本当に毎日ちょっかいを出しに来る。その内容のほとんどが「仲直りを」というものだが、ふざけている。
私たちに直すような仲はない。

「ヴィクトルー」

ノックもそこそこに研究室に入るのだが、「ヴィクトル?」返事がないのはたまにあるが、物音一つしないのははじめてだった。
部屋にいない。トイレだろうか。しばらく待つが、帰ってこないので研究室をうろうろと歩き回る。「ん?」書類の裏側に、黒く、煤で汚れたようなシミを見つけた。指でなぞると引っ付いてくる。
まだ、新しい。



「誤解だ」
「大丈夫だった?」
「う、うん。別に僕は何をされたでもないけど」

私はヴィクトルの腕にかかった縄を焼き切り、彼の白衣についた煤を払った。仕事は終わったからかここに黒野さんはいなかったけれど、私が走り込んでいくなり大黒部長は「誤解だ」と「違う」と「これはただの面談だ」を繰り返している。そんなはずは無い。
密室で、しかも対象者を縄で縛って行う面談などあってよいはずがない。私は部長からのアクションの全てを無視してヴィクトルの手を引いた。「行こう。ご飯食べる時間なくなっちゃうよ」

「なんて羨ましい……じゃなかった、なまえ? 俺は別に君の友人に危害を加えたわけでは断じてなくてだな」
「研究室から無理やり連れ去って椅子に縛り付けるのは危害です」
「彼はなんともないだろう? 君からも言ってやってくれ。五体満足だよな?」

「いやそれはまあ手足はありますけどね……」ヴィクトルは明らかに困っていた。これ以上大黒部長と話すことは何もない。私はヴィクトルを守るように腕を抱えて歩き始めた。
大黒部長も私の横にくっついてついてくる。

「なまえ。こっちをみて俺と話しをしないか?」
「……」
「せめて嫌だとか良いだとか返事をくれないか」
「……」
「俺は君と仲良くなりたい一心でだな」
「……ヴィクトル、本当に手首とか痛まない?」
「う、うん、大丈夫だけどさ……」

「ん?」私が首を傾げると、優しいヴィクトルはこの光景を見慣れていないからだろう。大黒部長のほうをちらちらと確認していた。そんな男は放っておけばいいのに、本当に私の幼馴染は優しいなあ。
しかし私はヴィクトル一人がなんと言おうが部長と仕事以外の話をする気が一切ないのでこのまま無視をし続けた。

「なあ頼む。謝るからこっちを見てくれ」

別に謝って欲しいことなどない。行動を悔い改めて私に構わないでくれたらそれでいい。それにしても、私だけならいいかと思っていたストーキングも、今回ヴィクトルにまで被害が及んでしまった。お金を稼ぐにはちょうどいいからこの会社にいたのだか、こうなってくるとあれだなあ。

「転職、しようかな」
「この上全く会えなくなるなんて耐えられないぞ!? 頼むからやめてくれ! 考え直せ!」
「諸悪の根源が何を言ってるんですか」
「俺はただ、君ともう少し親しくなりたいと健気に努力をしているだけだ」
「人攫いは健気な努力じゃないです。本当にやめてください。うっかり燃やしてしまいそうなので」
「人攫いは君が全く相手にしてくれないから仕方なくだ。俺だって俺以外の男の助けを借りて君と仲良くなるなんてしたくなかった」

本当か? 今までありとあらゆる手段で嫌がらせをされている。部長一人ではとても無理な細工もあった。いくら私でもそれくらいの嘘は見破れる。そもそも性格は最悪で通っているのだから。

「何度も言いますが、なにもしないでください」「それは無理だ……俺は君をみかけると声をかけずにはいられないからな!」
「はあ」

私はヴィクトルの手を強く握って歩き続ける。部長がちらちらと空いている手をつついてくるがその度に振り払って足を早める。

「ごめんね、ヴィクトル」
「いや、僕はまあ」
「ほら、彼もこう言っている」
「部長はもう喋んないでください」

大黒部長は私に手を振り払われて、そのうち諦め廊下に立ち尽くしていた。本当にもうなんて面倒な。



「本当にごめんね。ヴィクトル」
「いや、大丈夫大丈夫。あまりにもガチ勢すぎて引いたけど、それだけだよ」
「ごめん。今度なんか奢る」

「そんなのいいよ」と笑ってくれる幼馴染みを見て、私は部長への態度はより徹底しようと心に決めた。仕事以外の話に返事をするの、本気でやめよう。


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20201105:「話は聞いていると思うが、君に聞きたいことがあってな。君たちも喧嘩くらいするだろう? 付き合いはかなり長いと聞いた、なに? 喧嘩なんてしたことがない? そんな馬鹿な話があるか。なら本気で怒られたことくらいあるだ、それもない? どうなっている? 君たちは本当に仲がいいのか? まあいい。そんなことはいいから、なにか彼女の喜ぶものを教えてくれ。無条件で喜んで付き合ってくれるようなものはないのか。ない? そんな簡単な女じゃない? そんなことは俺が一番わかっている。だが、知っての通り八方塞がりでな。仲良くなるどころか彼女の俺への態度はどんどん悪くなっている。今では仕事の話以外して貰えなくなった。俺も何が起こっているのかよく分からないんだが先日の件の謝罪ということでなにか献上しようというわけだ。……花? そんなものは受け取って貰えなかったが? 菓子? いやそれも断固拒絶だったが? おい真面目に答えているか? 俺は彼女の機嫌を取るために最も良いものは何かと聞いているんだ。こんなところで俺と二人きりは君も嫌だろう? さっさと答えてく、あ」

 

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