五分だけでもいい/被害者、天使のお姉さん


待ち合わせ場所に、当然のようにいるのを見つけて、私は思い切り顔を顰めた。待ち合わせ場所にいるべきなのはあの人ではなく、天使のバックルの彼女のはずなのだけれど。私は連絡が来ていないかと確認すると、メッセージが一件あった。「ごめんね!」とだけ。ごめん、とは、なにか。待ち合わせ場所にいないことか、それとも。

「なまえ」
「なんで部長がここに?」

大黒部長が待ち合わせ場所にいることなのか。あるいは、そもそもこんなことになってしまったことを謝られているのだろうか。

「なに、君と遊びに行く予定をかわってもらってな。だから俺がいる」
「アルバイトじゃないんですけど」
「もちろんだ。さて、行こう」
「行きませんけど」
「何故?」
「私が誘ったのは貴方じゃないからです。さようなら」

「待て」がし、と手首を掴まれる。いつもの嫌がらせかと振り返って言葉を待つが、じっと睨みつけていると何故か目を逸らされた。

「なんです?」
「いや、可愛い顔だと思ってな……。就業後に化粧を直したのか? 本当に、」
「セクハラじゃないですか」

そうっと顔へと伸びて来た手を叩き落として距離を。取りたかったが、握りしめられている手首が動かない。

「帰るので離してください」
「これからタピりに行くんだろう?」
「行きません」
「いいや、行く予定だったはずだ。君は無性にタピオカを食べたいと、そういう気分だったと聞いたぞ。大丈夫だ。過不足なく俺が付き合おう」
「不足不満しかありません。なんてことしてくれたんですか」
「俺に、(最終的に)この立場を譲ったのはあいつだ」
「本当になんてことしてくれたんですか。楽しみにしてたのに」
「ああ。俺もだ。今日は午後から何回時計を見た事か」
「……」

噛み合っていない。私は声を出すのをやめて手を離して貰おうと腕を引くのだが「なんだ? 内緒話か?」と寄ってくるので数歩離れて、空いている手で、部長の腕を引き離そうとする。……離してなるものかという強い意志を感じる。

「大黒部長」
「なんだ」
「離してください」
「必要ないだろう? 俺たちは今から仲良く遊びに、」
「行きません」
「あいつのかわりに俺が、」
「かわりになりません」
「今日は奢、」
「結構です」

あまりに険悪な雰囲気なので通行人がちらちらとこちらを見ていく。「修羅場か?」なんて声まで聞こえて、私はため息をついた。面倒くさい。なんでこんなことに。予定通りなら私は今頃彼女とタピオカ入の飲み物を片手に談笑していたに違いないのに。
何が楽しくて大黒部長となんの実にもならない押し問答などしているのか。

「早く離してもらえます? 帰るので」
「帰るのか……?」
「はい」
「どうしてもか……?」
「はい」
「……そうか」

握ってくる手の力がとてもゆっくり弱まっていくが、離れるか離れないか位のところでまたぎゅっと握られた。ぱっと顔を上げて、さも名案のように言う。

「わかった、なら送っていこう」
「いりません。まだ明るいし」
「なまえ」
「気安く呼ばないでくれます?」
「わかった。みょうじさん」
「そもそも仕事の用事以外で呼び止めないでもらえます?」
「……」

大黒部長の手から逃れようとぶんぶん腕を振るのだが、全く離して貰えない。いい加減にしろこのやろう。なにか武器になるようなものはなかっただろうか。いっそ発火能力で炙るか? だんだん耐えられなくなって来てぱちぱちと火花を散らす。流石の部長もこれにはぎょっとしていたが手は離れない。

「待て。いつもより辛辣じゃないか?」
「当然でしょう」
「怒っているのか」
「なんで怒らないと思うんです?」

「いいから離してください」とようやく私は手を振り払った。手首にあとがついていたらどうしてくれようか。
大黒部長は私の顔を覗き込みながら機嫌を伺うような声を出す。いつもより不安気で小さい声に不快感が募る。

「……怒っているのか? 本気で?」
「そう見えないなら一発ぶん殴って本気度合いを証明しましょうか?」
「殴られるのはそれなりにご褒美だが……」
「最悪すぎる」

私は直ぐに大きく後退して「二度としないでください」とだけ言い残して走って帰った。
本当にもう最悪だ。ヴィクトルの頭でも撫でさせてもらおう。いなければジョーカーの髪でもいい。ああけれど、このまま帰ると心配させるかもしれないから、どこかで何か、テンションの上がるものでも買ってから、それから帰ることにしよう。


-----------
20201103:「今日、なにやら楽しい予定があるそうじゃないか。タピりに行く? 流行の最先端だな、流石はなまえだ。ところでその予定、俺とかわってくれ。俺がかわりに彼女と遊びに行く。なに? 行けるはずがない? そんなことはないだろう。君のかわりなんだからな。君のかわりに彼女の遊びに付き合うだけだ。俺が彼女を誘ったわけじゃないからな。なんだと? 何を怒られることがあるんだ。なまえにならどれだけでも尽くすし幸せな時間を約束できる。これでどうして本気で怒られるなんてことが、おい、不安になることを言うな。潔く場所を譲られるとそれはそれで気がかりだ。もっと抵抗するふりをしろ。……まあいい。彼女にくれぐれも。くれぐれもよろしく言っておいてくれ。いいな? お前からの頼みならば彼女も無碍にはしないだろうからな……頼むぞ? いいな?」

 

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -