五分だけでもいい/大黒


出社すると、デスクの上に花が飾られていた。私はすかさずスマートフォンを取り出して、一枚写真を撮ってヴィクトルに送る。こんな典型的ないじめを見たのははじめてだ。周囲からの目がどちらかというと同情されるような目で、嘲笑ではないのが救いだった。
隣の人に「これ、どうしておいたらいいですかね」と聞くと「えっ」と思い切り驚かれた後に、「いや、そのままにしておいたほうが、いいんじゃないですか」と私よりも先輩のはずのその人は私より小さくなりながら助言をくれた。
花自体はキレイなものだ。千日紅にカーネーション、ダリアにカスミソウ。とてもとてもかわいらしいし、捨ててしまうのはあまりにも可哀想だった。「ふむ」私はしばらく考えて、デスクの隅に花を移動させて、業務を開始した。一体誰がこんなことをしたのやら。後からヴィクトルのところに持って行って、とひとしきり笑ってやるとしよう。
秘密基地まで持って帰って、ジョーカーにも見せてあげようか。

「いや、びっくりするくらい無反応じゃないか」
「うわ、びっくりした」

一体どこに隠れていたのか、突然私の隣にやってきて、大黒部長がデスクに手を付いて嫌に必死な様子で言った。私は椅子を巧みに操って距離を取る。椅子のコロコロの可動域を完璧に把握している。

「なんですか」
「それはこちらの台詞だ。もっとないのか。喜ぶとか。誰が置いたのか聞くとか」
「ああ。これ大黒部長がやったんですか。この小学生以下の嫌がらせ。花屋さんでわざわざお花買って。こんなことに使われたんじゃお花屋さんも浮かばれませんよ」
「どうしてこれが嫌がらせに見えるんだ。どこをどう見たって匿名のイケメンからの花のプレゼントだろう。遠慮なくときめいてくれていいシーンだろう」
「いや、どう見てもこれ遠回しに死ねって言われてるじゃないですか」
「遠回しに好きだって言っているんだわからないか?」

あんまりわかりたくないな。と思いながらスマートフォンの画面を確認するとヴィクトルから返事が来ていた。「かわいいね」それはその通りだ。花が置かれていただけならそれだけで済んだのだが、面倒くさい人に絡まれている。
この人に絡まれると長い上に生産性がまったくない話に付き合わされる。断っているのに執拗にランチに誘われたりだとか、嫌だと言っているのに粘着的に飲みに誘われたりだとか、最終的に肩を掴まれて「頼むから俺の話を聞いてくれ」と縋りつかれたりする。一体彼の中で何が起こっているのだろう。
私は花瓶をそっと持ち上げて、大黒部長に押し付けた。中の水がちゃぷんと揺れる。

「じゃあこれどうぞ」
「……どうして俺に返そうとするんだ」
「大黒部長からのお花を受け取りたくないからに決まってるじゃないですか」
「どうしてそんな心が張り裂けそうなことを平気で言うんだ」
「これ、ここに置いておいたら私は毎日花瓶の水をかえなきゃいけないですよね。その姿を部長、なんか曲解して眺めてきそうなんで嫌なんです。部長が自分のデスクに飾って、自分で毎日水を変えて下さい」
「しまった。俺からだなんて言うんじゃなかった……」

この人はとんでもなく仕事のできる人で、常に人の期待以上のことをやってきたんじゃないのか。とは、もう何度疑問に思ったかわからない。いや、実際すごい人なのだけれど、絶対的におかしすぎる。更にこれは私の前だけであるらしい。嫌がらせもここまで来るととんでもないなと私は思う。この人は余程私の事が気に入らないのだろう。
私もヴィクトルも優秀だから仕方がないか、とため息を吐いた。

「いや、これは実は黒野からだ」
「……」
「無視か! 君、上司を無視するのか!?」
「業務と関係なさそうなので」
「仕事熱心なのはいいことだが、ほら、見てみろ。花は好きなんだろう? 綺麗だと思わないか? 自分のデスクにあった方がいいよな?」
「……」
「無視か……」

大黒部長はその後じっと私の後ろで私がメールを処理していくのを観察していたが、特に突っ込むべきところが見当たらなかったのかそのまま自分のデスクに花を持って帰って行った。
用事があって書類を持って行くと花は捨てられていなかったので安心した。
花に罪はないのである。


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20201024:続いた方がいいと思う…?

 

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