君に捧げる永遠の(13)


好感度が欲しいというのは切実なことで、俺は今日も彼女の興味を引けそうなものを探す。家の中で犬と遊んでいる彼女は大変な癒しだが(できれば俺とも遊んで欲しいが)、夫婦円満を保つ為には努力が必要だ。例えば、今、彼女が犬と遊ぶのを中断してまでチェックしているいちごのタルト。店は大変に並ぶらしいがあれを明日土産に買ってくるというのはどうか。ちょうど近くまで行く用もある。

「なまえ」
「はい?」
「明日、その店の近くまで行くんだが、そのタルト以外に欲しいものはあるか?」
「えっ、買ってきてくれるんですか? かなり並ぶってやってましたけど」
「まあ大丈夫だろう。それで、どうなんだ?」
「……」

なまえは少しの間考えていたが、嬉しい気持ちが買ったのか邪気のない笑顔でほわりと笑った。提案して良かった、と既に思う。

「今、メモしますね」

全種類。とやってもいいのだが、以前それをやったら「いや、あの」とただただ困惑された挙句「次からはやめて下さい」と怒られた。その時の呆れ返った溜息は忘れられない。
彼女の喜ぶ程度というものを、常に間違わないようにしなければ。



今日の業務は散々だった。信じられない。なんなんだあいつらは。取引先のあいつも気が違っていたとしか思えない。日本語が全く通じなかった。それでも丸くは収めたが、まったく舐めやがって。おかげでかなり遅くまで残業することになった。なまえとの時間が減った、と言うかこの時間なら彼女は寝ているだろう。ああ腹立たしい。

「ん……?」

いつもなら彼女はとっくに寝ている時間だが、今日は部屋の明かりがついていた。つけっぱなしにして眠る、ということは今まで無かったからないと思うのだが。やや不安になりながらドアを開ける。すると、なまえが犬と一緒にこちらにやってきた。……思わず涙が出そうな熱烈な出迎えだ。

「おかえりなさい」
「ああ、ただいま。今日は起きていたんだな。どうした? 眠れなかったか?」
「ん?」

なまえが首を傾げたので犬も真似をして首を傾げていた。「部長さん」と呼ばれたので「ああ」と返事をする。「……」なまえは一度犬と目を見合わせてから、ぎゅ、と俺の体を抱きしめた。これは一体なにに対するご褒美だ??

「おかえりなさい」
「ああ、ただいま。さっきもやったなこのやり取り」
「お疲れ様です」
「そうだな。今日はかなり、」

堪えたな、と続けるはずが「なら仕方ないですね」となまえが笑うので、ここでようやく俺は違和感を感じた。ひょっとして、彼女は俺を待っていてくれたわけではなく、なにか別のものを期待していたのではないか。それは何かといえば。「あっ」俺としたことが、とんだ失態だ! 大切なことを忘れていた。

「すまない、灰島を出る時までは覚えていたんだが」
「いえ。大丈夫です。明日自分で行ってきます」
「待て待て、せめて休日に俺と行こう」
「休みの日に行列に並ばせるの悪いので一人で行きます」
「……怒ってるか?」

怒っているようには見えない。若干残念そうではあるが、彼女は大変に良い妻なので、俺の立場についてしっかりわかってくれている。だから、きっと怒ることは無いのだ。しかし。「怒りませんよ」怒ってくれた方が楽になることもある。彼女の静かな微笑みの下に、一体どんな感情が隠れているのだろう。彼女のことだからそんなに酷いことではないだろうが。
俺は時間を確認する。普段の彼女ならとっくに寝ている。彼女はわざわざ俺を待っていて、出迎えまでしてくれたのに。肝心の俺の方が大切な約束を、違え、……胃が痛くなってきた。

「忙しいのにすいませんでした」
「あー、待て、待て待て、違う。確かに忘れていたがそんなふうに言われるのは心外で」
「おやすみなさい」
「せめてもう一度チャンスをくれ。明日は絶対、」

ふと、そんな約束をしていいかどうか考える。考えたせいで間が空いた。なまえは残念そうに控えめに笑う。ああああ俺の評価がッ!

「気にしないでください」

今日一日をやり直したい。目が覚めたらもう一度今日のはじめに戻っていないだろうか。
寝て起きると、当然ながら、しっかり次の日はやってきて、なまえは一人で例の店に向かった。
帰宅すると俺の分もとっておいてくれたけれど、とてもじゃないが貰う気にはなれず、少し食べて残りは彼女に献上した。幸せそうな笑顔を見ても、俺はしばらくこの失敗を引き摺っていた。


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20201015

 

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