罪状:抱えきれない程の優しさ14-1


好き、という感情は俺の手には余るようで、度々よくわからなくなる。いや、元々よくはわからないのだけれど、もっとわからない。
大人になりたい、という気持ちはかわらないが、なんというか、いってきますのハグだとか。頭を撫でて褒められるだとか。そういうものの扱いが難しい。
力の限り甘えてしまいたいような気持もあるのだが、それではいけないとも思う。手くらいは繋いだっていいのでは。抱きしめるくらい構わないのでは。けれど、子供が甘えていると思われるのは嫌で。でも実際はそうではないし、触れていたい。だから、最近こういう悪戯ばかりしている。

「52」
「どうした?」
「家の鍵知らない? 私の。玄関のところに置いておいたはずなんだけど」
「またポケットに入りっぱなしなんじゃないのか」

立ち上がって、なまえのコートのポケットに手を突っ込む「なかったよ」となまえが言うが、俺が手を抜くと、そこに鍵が握られている。「あれ?」

「あったぞ」
「なかったと思ったんだけど。まあいいか。ありがとう」

その内バレるとは思うのだが、俺が最初から持っていた。近付きたいけど近付きたくない、この微妙な気持ちに従って、物理的に近くなれるような悪戯を考えることに余念がない。どきどきとなまえの近くにいると煩くなる心音は、本当になまえには聞こえてないのだろうか。

「じゃあ、そろそろ」
「今日は早く帰って来れるのか?」
「そうだね、今は暇だし、しばらく定時だと思うよ」
「そうか」

ならばしばらくは会社に迎えに行こうか、と考えているとなまえは「わざわざ私に合わせなくてもいいんだからね」と言った。俺はわざわざ合せているわけではない。好きで合せているのだ。ただ、それをそのまま言う勇気はなくて「わかってる」と頷いた。

「よし。行ってきます」
「いってらっしゃい。転ぶなよ」
「52の前で転んだことないと思うんだけどな……」
「そうだったか?」

なまえはにこりと笑って、ぎゅ、とほんの短い時間俺を抱きしめた。「52も転ばないように」「俺は転ばない」これでも鍛えているし、なまえに比べたら力だってあるのだから。
俺はなまえが見えなくなるまで見送ってから冷蔵庫を開けた。昼からバイトに出かけて、それが終わったらそのままなまえを迎えに行く。ある程度夕飯の準備を終わらせてから行こうとなまえが新しく買ってくれたセーターの袖を捲った。



アルバイトも、今ではほとんど同じメニューを俺も作ることができるし、店長に認められてもいる。ついでになまえも「うん!あのお店の味!」と喜んでくれた。家事は全て覚えたし、この世界のことも大体はわかる。足らないところはやはり年と身長だろうか。
……元の世界に帰ったら肉体的な強さもいるけれど、ここでは危ない目にあうことは滅多にない。
俺は途端に憂鬱になる。
元の世界。
帰らなければならない日はきっと来るのだろう。
いや、絶対に、俺はあの世界に帰ることになるのだろう。
それははじめからわかっていたことで、できるだけ後悔がないように生きようとは俺もなまえも決めていたことだ。
地下の、黴臭いあの場所へ、帰る。
長く、帰ると言えばなまえの家だったから、違和感がある。あそこへは、帰るというより戻るという感じである。あの場所へいつか戻る。
それまでに、俺はなにをするべきか。困らせるのを覚悟で、気持ちを伝えるべきだろうか。
ぼんやりと、コーヒーカップをみがきながら考えていると、からん、と来客を知らせるベルが鳴った。「……?」顔をあげて、いらっしゃいませ、と言おうとしたのだが、そいつが思い切り俺を睨んでいるからこちらもにらみ返してしまった。こいつ。どこかで。

「お前、なまえの家で居候してる奴だな?」
「あ」

烈しい雨音と、劈くような雷鳴を思い出した。この男は、いつだかなまえに門前払いされていた、なまえの元恋人だ。

「……今、失礼なことを考えなかったか?」

元恋人は「まあいいか」と適当な席に座って、俺に言う。

「暇なら少し、話しをしよう」

お前の知らないなまえのことを教えてやる、と言われては、断ることはできなかった。


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20201015:十月編すたーーと


 

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