君に捧げる永遠の(10)


犬とはいまいち和解できない日々が続くが、なまえからの愛情を惜しみなくもらって丸々としてきた。とは言え、平日の昼間に時々ブリーダーに見せているようで不健康な程ではない。もう少しで標準体重になるのだそうだ。
犬はともかく「調子はどうなんだ」となまえに聞くと嬉しそうに話してくれるのでそれは喜ばしいことだ。共通の話題がまだまだ少ない俺達に気軽にできる会話が増えるのは素晴らしい。
なまえは犬の散歩から帰って来ると、慌ただしく出かける準備をしていた。カレンダーには夜中までアルバイトに行くと書いてある。いつものカフェと、別の場所にも行くらしい。居酒屋だとかバーだとか。店長の頼みで時々こういう日があるようだ。断れそんなもの、と言うのだが「楽しいので」と言われては「そうか」と引き下がるしかない。なまえは自分を安売りしすぎではないだろうか。それにしたって居酒屋とは。働くなまえを横目で見ながら飲む酒など美味いに決まっている。

「じゃあ、行ってきます。部長のことお願いします」
「ああ。なまえ」
「あっ、ハグですか?」

それもだが。まあする時間があるのならさせてもらおうとぎゅっと抱きしめる。如何ともし難い多幸感が湧き上がって離したく無くなるが今日は相当頑張って体を離した。
なまえが、おや、という顔をする。全然全く足らないが、しかし今日はそれより大切なことがある。
俺は右手に持っていた紙袋を彼女に渡した。中身は軽食である。

「さっき、君が散歩に行っている間に作っておいたんだが」
「サンドイッチですか」
「ああ。今日は忙しくなりそうなんだろう? こういうものがあるといいかと思ってな」
「……」

なまえはきょとんとこちらを見上げている。俺はその目で見つめられると嬉しい半面不安になってくる。「必要なかったか?」絶対に邪魔にはならないと確信があってやったことなのに、自分から逃げてしまいそうになる。彼女の言葉を待っていたのに「必要ないなら荷物になるだけだからな。俺が」と結局待ちきれずに取り返そうとした。

「いえ」

なまえは紙袋を自分の方に引き寄せて首を振った。

「頂きます。ありがとうございます」

受け取って貰えた、と、それだけのことにほっとして「どういたしまして。くれぐれも無理はしないようにな」と念を押した。この家では(俺が彼女に嫌われないように細心の注意を払っているせいで)そうでも無いが、基本的にはやれることはやってしまうのがなまえという人間だ。
だからこそ、彼女は美しいのだが、それとは別に無理はして欲しくない。

「……行ってくるよ、部長」

いつの間にか足元にやって来ていた犬にそう言って、両頬をぐりぐりと撫で、頬にキスをしていた。見送るだけでそんなに貰えるのかお前は。ええ? いいご身分だな。

「部長さん」
「大丈夫だ。いくら羨ましくても、あからさまにいじめるのはスマートではないからな!」
「いや、あの」

それに相手は犬である。相手は犬。相手は犬だ。俺はそう繰り返しながら頷いていた。犬のことは俺に任せてくれていい。

「……」
「まだ時間はいいのか? さっきまで随分慌てていたが、余裕があるならもう一度、」

なまえは不意にこちらに駆け寄って、俺の肩に手を置いてぐっと体を伸ばした。頬の下の方で、ちゅ、と音がして息が止まる。俺はそのうち、なまえに殺されてしまうのでは。

「お礼です。本当にありがとうございます」

これは、はじめて彼女からされたキスだった。
俺は暫くその場で放心していた。「いってきます」と改めて言ったなまえに「いってらっしゃい」と返せたんだかそうでなかったんだか。
犬は付き合いきれないと自分の寝床へ帰ったが、しばらくすると餌を寄越せと俺の顔を舐めるので、あっ、おい、そこはやめろ、彼女の唇が触れたところだぞ、おいコラ! まったくなんて犬だ!


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20200926

 

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