特別への第一歩/紅丸


外へ遊びに行くと言うヒナタちゃんとヒカゲちゃんを見送って、ふと振り返ると新門大隊長と目が合った。「あ、」第七特殊消防隊に身を置くようになってすぐの頃は睨まれていると(少し、ほんの少しだけ)怯えたりもしたけれど、最近はすっかり怒っている訳では無いとわかるようになった。
とは言え、紺炉中隊長のように感情の細かい機微までわかるわけではない。今は、どうだろう。「お疲れ様です、新門大隊長も見回りですか」駆け寄って聞いてみると、考えるような含むような無言の時間が数秒あった。

「……いや。お前は」
「私は今からお昼の用意をしようかと。今日は詰所に泊まってる人達も多いですから、いつもより早めに用意します」
「悪ィな。いつもならその辺で本読んでる時間だろ」
「とんでもない! これはこれで楽しいですよ。おかげさまで料理のレパートリーも随分増えました。ところで新門大隊長は今食べたいものとかありますか? 昨日買い出し行ったばかりなのでおよそなんでも作れますよ」
「……」

風が止むみたいに会話の流れが止まってしまった。食べたいものを考えている、と言う様子ではない。何か、私の質問の内容より、その前後で気になることでもあるみたいだ。ううん、紺炉中隊長ならすぐわかるのだろうけど……。

「大隊長?」
「……」

ぎ、と眉間にシワが増えたから、私も同じく押し黙る。なんだろう。後で紺炉中隊長に相談したら解決するのだろうか。「この街で、」私は改めて新門大隊長と目を合わせて、じっとこの人からの言葉を拾う。

「俺をそんな風に呼ぶ奴はいねェよ」
「……」

今度は私が黙る番だ。呼ぶ。呼び方? 私は新参だし拾ってもらった恩もあるからこのようにあるのが当然だと思っていたけれど。呼びなれない音は気持ちが悪いのかもしれないし、あちら側の定めた呼び名は使って欲しくないのかも。だとするなら、悪いことをしてしまっていた。

「ええと、じゃあ、」

街の人は、名前で呼んでることが多い。紅丸とか紅とか紅ちゃんとか色々……。隊の人は、ヒカゲちゃんヒナタちゃんでさえ若、と……。呼ぶならそちらだが、馴れ馴れしくないだろうか? でも、新門大隊長にとってはそう呼ばれる方が自然なのだとしたら。

「若……?」

新門大隊長は二秒ほど固まり、その後、後頭部をガリガリと引っ掻いた。何事も無かったように私の横を通り過ぎて行く。

「焼きそばが食いてェ」
「あ、はい、それは、はい。了解しました」

しばらく若の背中を見送っているといつから居たのか紺炉中隊長が深刻な面持ちで若の両肩を掴んで揺さぶっていた。その内取っ組み合いの喧嘩に発展し、ぎょっとした私は、慌てて止めに入るのだった。「わ、若! 紺炉中隊長! それ以上は詰所がッ!!」


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20191009:多分紺炉さんは最初に名前の方で良いって言ったんじゃないですかね…。

 

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