罪状:抱えきれない程の優しさ13-4


「よし」と気合を入れてその機械の前に立ったけれど、五回やるだけで才能がないなと思い知らされた。そもそもゲームセンターなんて年単位で久しぶりである。

「……それ、本気でやってるか?」

と聞かれてしまうほどに私のクレーンゲームの腕前は最悪だった。52は「何を取るんだ?」と私の横に立って、追加八回で大きなスヌーピーのぬいぐるみを取ってくれた。

「うーん、上手だね……、ありがとう」
「ヨシダが得意なんだ。あいつに誘われると大抵こういう場所で遊んでる」
「そっか。私も習おうかな」
「……駄目だ」

52は繋がっている手に力を込めてそう言った。「俺ができるからいいだろ」と、面白くなさそうに言うので、さっき取ってくれたばかりのスヌーピーを顔に押付けた。「ぶっ」

「……なにするんだ」
「次はそうだなあ。太鼓でも叩こうか」
「太鼓なのか」
「他のリズムゲームは自信が無いから」
「ふうん」

スヌーピーを顔に押付けた仕返しだろうか。「これ、面白いぞ」と52がおすすめしてくれたゲームはとんでもなく難易度が高く、私はずっと奇声をあげていた。
52もそれを聞いて笑っていたからよかった。思ったよりも普通に楽しんでくれている。悩みがあるのは確かなのだろうが、話せないのならせめて、ゆっくり悩んでくれればと思う。
悩みすら余計なものだと切り捨ててしまえそうな男の子だから、きっと、感情のままに悩むというのは大切なことだ。
納得のいく答えを得られるように祈っておいた。



バッティングセンター、カラオケなど、普段なまえとは行かないような場所によく行った。俺と行かないだけで他の奴と行くことはあるのだろうか、そんなにことが気になってちらちら見ていると「普段来ない場所は緊張するなあ」と笑っていた。
普段来ないが、来た事はあるのだろうか。来たのだとしたら、一体何いつ、誰と来たのだろう。さらりと「いつ誰と来たんだ」と聞いてしまえばいいのに、その言葉がすぐに出なかったせいで聞きづらくなってしまった。
こんなこと、別になんだっていいのに。はじめの内は本当に、寝る場所があるだけでありがたいと、そう思えていたはずなのに。ふう、と小さな嘆息は、聞こえないと思ったのだが、なまえはまるで自分のことのように、しんどそうな顔をしてこちらを覗き込んだ。

「疲れた?」
「つ、疲れてない。大丈夫だ」
「映画は今度にして帰ろうか?」
「いや、観る」

今度にしたっていいのだけれど、俺はなんとなく、少しでも長い間なまえとこうして居たくて頑なに首を横に振った。ああまた、子供みたいなことをやってしまったかもしれない。なまえは気にしていないけれど、俺はまた溜息が出そうになった。

「ポップコーン食べよう。あとは他に何かいる?」
「大丈夫だ」

「そう?」となまえは言いながら「じゃあチュロスとポテトと」と色々頼んでいた。割高だろ、と思うのだが「映画館で食べるのがいいんだよ」と笑う姿が簡単に想像できて、水を差すようなことは言わなかった。
何が観たい、ということもなかったので、適当に時間的に丁度いいやつを観ることにした。アクション映画のようだったが、主人公の相棒の女との関係性が徐々に変わっていくところも見どころだ、と隣の席の知らない奴が喋っていたのを聞いた。
なまえは結局、頼んだものを半分ずつくらい俺に与えて、映画がはじまると、一生懸命スクリーンを見上げていた。



夕飯まで外で済ませて、なまえは仕事の疲れもあったのか、ソファに雪崩れ込み今にも寝てしまいそうだった。「先にシャワー浴びるか?」と聞いたのだが「52が先でいいよー」と眠そうな返事があり、今すぐには動きたくないのだと分かった。
出来れば眠ってしまう前にと急いだのだけれど、次にリビングに戻ってくる頃にはすっかり眠ってしまっていて、どうしたものか、と俺はなまえのすぐ傍に座った。
そっと髪をあげて、耳の後ろへ流す。薄く分かれている上下の唇の間に触れたい気持ちをぐっと押さえて、少しだけ、彼女に近付く。

「なまえ」

起きてしまったら困るけれど、なまえが俺のこの気持ちに名前を付けてくれたら楽なのに、と思った。だが、わからない。なまえは上手く誤魔化してしまうのかもしれない。俺はどうするのが正しいのかわからないまま、くっと顔を近付ける。
本当はとっくに気付いている。

「……なまえ」

名前を呼ぶだけでこんなにどきどきしてしまうのは、隣に居るだけで楽しくて堪らないのは、なまえの前で格好をつけたいのは、はやく大人になって頼られたいのは。俺がいつかここからいなくなってしまうから、ではなくて。ただ単純になまえとの生活が気に入っているから、でもなくて。

「好きだ」

例えば、いつだか観たドラマのように。漫画のように。さっきの映画のように。姉弟のようなこの関係が変わっていったらいいのにと、俺は思っているのである。
眠るなまえの唇に、静かに自分の唇を重ね合わせると、より、この感情が強くはっきり、存在感を持ったのがわかった。
もうすぐ九月が終わる。
起こすのも可哀想かと、俺は布団を持ってきて、なまえの上に被せて、部屋に戻った。
なまえのことが好きだ。
はじめて言葉にした、このことばかり考えていて、明け方まで眠れなかった。


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20200925
九月編、終わり

 

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