例のダンス/大黒


「それは何を見ているんだ?」
「あ、大黒部長」

「しかも会社のパソコンで」咎めるような声音ではなく、弱味でも握ったみたいな悪い笑顔で私の後ろから画面を覗いていた。
休憩時間だからとやかく言われる理由もないが、静かに背後に立たれるとびっくりする。抗議しようかとじっと部長の顔を見つめると「どうした? キスでもして欲しいのか? よし。いいだろう」などと言い始めたので顔ごと逸らして再び画面を見る。

「それで? 君は俺の質問に答えていないぞ」
「これ、知りません? 恋ダンスですよ」
「ああ! そう言えば何年か前の飲み会でよく見たな。元の動画はこれか」
「何を元とするのかはともかくてして、まあ、恋ダンスを見てたわけです」
「なんでまた?」
「……」

動画が終わってしまったのでもう一度再生する。なんで、と聞かれればそれはもちろん見る必要があるからだ。ただ、どこまで説明したものか迷う。
「なまえ?」「うえっ!?」適当に誤魔化すか、と考えていると、大黒部長が私の首に腕を巻き付けて緩く締め上げた。苦しくはないがやや圧迫感がある。そして熱い。

「なんで、その動画を見ているんだ?」
「いや、友達の結婚式の余興にやろうって言われてるんですよ」
「踊るのか? 君が?」
「みんなでって話ですけど」

みんなでという話ではあるが、私は大変に気が進まない。その場の勢いで決まった演目だし、子供がやるならともかく私たちがやってウケるとは思えない。なにより。

「みんな覚えてこないだろうと思ってるんですよ」
「なるほどな。しかし万が一があるとまずいというわけが」
「はい。だから流せる程度には覚えるかなー、という、今はそういう時間でした」
「覚えたら次の飲み会で披露してくれ」
「部長が一緒に踊ってくれるならいいですよ」
「言ったな?」

「二言はないな?」「今、一緒なら踊ると言ったからな?」「オイ、返事をしろ」私は急激に体温が冷めていくのを感じながら「ハイ……」と上擦った声で返事をした。
私は直前まで冗談だったらいいなと言う希望を捨てなかったのだけれど、宣言通りに、部長は同僚と楽しく飲む私を引き摺って一緒にみんなの前に立たせた。「部長一人でやった方がウケません?」「往生際が悪いぞ」なんでこの人は、こんなに楽しそうなのだろう。

「このダンスは、一人では面白くないだろう?」

「頼むぞ」と言われればやるしかない。やるのならば全力である。大黒部長は衣装もきっちり動画と同じにして(私のも作らせて用意して)私と踊り、それがなぜだか結構ウケた。ウケたせいで、以降、関係の無い部署の飲み会にも呼ばれるようになってしまった。
私と大黒部長は恋ダンスコンビ、と呼ばれているらしい。やたらキレキレでキメキメなダンスをする、と。
私はせめて、灰島から外にその噂が出ていきませんようにと祈った。ラートム。


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20200921
恋ダンス踊って欲しいよな。このツイートから

 

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