20200923


「火縄中隊長! お誕生日おめでとうございまーす!」

クラッカーの音が鳴って、これはなまえが例の気に入りの洋菓子屋で買ってきたらしいケーキがテーブルの真ん中に置かれていた。第八のみんなからというプレゼントも受け取り、夜に食べたいものを聞かれた。
それが朝の出来事だった。
以降は、特別なことは無い。
しかし、俺よりも、マキやタマキ、シスターがソワソワとして落ち着かない様子だった。視線は俺ではなく、なまえに向いている。
そんな調子でいられると、顔には出さなくともいらない期待をしてしまうのが男というもので、なまえから何かあるのだろうか、と俺もなまえの方をちらりと見た。

「ん? なに?」
「いいや、なにも」

何かあるとは思えない位に、本人は落ち着いているけれど、それはまあ、いつもの事だ。



「もう我慢できませんっ!」

そう叫んだのはシスターだった。「なまえさん!」となまえの腕を掴んで事務室から出ていった。ここぞとばかりにマキとタマキも続き、なまえは、その三人に廊下でなにやら言われている様だった。
「なまえさんの誕生日の時には」「中隊長がかわいそう」「せめて手料理とか」そして最後には「絶対いります!」という三人の声がピタリと揃っていた。それ以降は静かになり、なまえがげんなりと体を丸めて戻ってきた。

「あー、火縄」
「どうした?」
「どこか出かけようか? 誕生日だし」
「誕生日だからといって休みという訳じゃないんだが?」
「そこの女子三人が死ぬ気で時間作ってくれるらしいよ」

簡単な誘い文句に嬉しくなっていた訳だが、立場的には手放しに喜べない。なまえは堂々とサボろうと言ったのである。 とは言え「そうですよ!」「大丈夫です!」と鳥が鳴くように繰り返す隊員が多いのも事実。遂にはシンラも「行ってきてください」と言い出した。

「ほら、さっさと」

と言うなまえに、今度は王桜備大隊長まで部屋から出てきて「俺も許す!」とダンベルを頭に積上げながら言った。
それならばまあ、仕方がない。

「着替えてくるから待ってろ」

うん、となまえが言うのを聞いてから一度部屋に戻った。「じゃあ、外でね」と言うなまえも着替えるつもりのようだ。さっきまでは嫌そうだったのに、行くと決まればすたすたと歩き、すぐに角を曲がって見えなくなった。
視線を感じて振り返ると、第八の全員がこちらに向けて親指を立てていた。



「いや、正気か……?」

なまえの肩からショルダーバッグの紐が落ちた。俺はそれを直してやりながら「なにがだ」と聞く。

「その帽子はどういうことなの? 朝と違う気がするだけどなんで変えてきた? ええ? そっちの方がよそ行きっぽいからか? どっちも一緒でしょうがッ!」
「……」

切り替えたつもりだったのだろうが、なまえの感情は絶妙なバランスで平衡に保たれていたらしい。「だっせえ」と頭を抱えてしゃがみこんでいた。
帽子には『雲の上の坂田さん』と書かれている。そんなに駄目だったかと荒れ狂うなまえを見下ろした。

「どういう感情になればいいの私は」
「悪かったな」
「いや、謝られても……」

なまえはようやく立ち上がり「仕方ない」と息を吐いて肩を竦めた。「目にもの見せてくれるわ」と、自暴自棄気味にテンションをあげ「行くよ、武久」と言った。
なまえを相手に恋をするコツを掴んできた俺は、既に、武久、と彼女に呼ばれたというそれだけで、誕生日というものがあって良かったと感じていた。



「文句は受付ないから」と、新門大隊長のようなことを言いながら、普段一人では行かないような佇まいの服屋に大股で入り、店員となにやら話をしていた。
慣れているな、と感心するとすぐに、何故だろうか、と疑問が浮かぶ。ここは男物の服しか扱っていないようだから、個人的に来ている、ということは無さそうだけれど。
ひょっとして、と、俺は心の中がざわつくのを感じながら、その名前を口にする。

「カリム中隊長とは、こういう所によく来たのか?」
「あ? カリム? カリムは結構オシャレだからね? 一緒にしたらかわいそうでしょうが」
「なら、何故」

やや傷付きながらも、カリム中隊長とは来ていなかったことに安堵した。
とは言え、安堵はしたが、なまえはすぱりと紙でも切り裂くように言う。

「いや、服がダサすぎるから服でもプレゼントするかなって思ってただけ」
「貰ってないが」
「まだあげてないし」
「くれる予定だったのか?」
「次の休みにね。まあちょうどこんな感じで連れ出して一式プレゼントするつもりだったんだよ」

何軒か回ったし、だから慣れてるように見えたんじゃないの。となまえはなんでもない事のように言った。彼女の中ではなんでもなくとも、好きな女性からそんなふうに言われて嬉しくないわけが無い。
男性用の服屋に入ることに慣れてしまうほどに、下調べをして、悩んでくれたらしい。
試着室で着替えると、なるほど、鏡に映る自分はいつもと違う。どこか浮き足立っても見える。

「はい。ハッピーバースデイ。誕生日おめでとう」
「ありがとう」

「どういたしまして」と笑うなまえは得意気で「早く第八の皆に見せたいな」と俺の周りをくるくると回っていた。「完璧。普通の人に見え……、いや眼力のせいで見えないか……」まあいいや、となまえはひと仕事を終えたみたいに第八に帰ろうとしていた。
いつもはこれで満足してしまう俺だが、今日はそうはいかない。「なまえ」

「もう少し付き合ってくれ」

まあ、誕生日だしなあ、となまえはきっと言うはずだ。彼女は少し考えて渋るような素振りも見せたが最終的には「まあ、誕生日だしなあ」と俺の肩を軽く叩いた。「次はどこに行く?」

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20200923
火縄さんおめでとうございます

 

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