君に捧げる永遠の(9)


家に帰るまでは、あのクソ野郎が、からはじまる罵詈雑言が脳内を占拠しているのだが、なまえの姿を見るとそれもふっと消え去り、俺にはこんなにも愛しい妻が居ると思うとまあ、多少の理不尽はどうにかしてやるか、という気持ちになってくる。
とは言え、家から出ると、またアイツと顔を合わせなきゃならないのか、と怒りがふつふつと湧いてくる。如何ともしがたい。どうしても冷静にならなければならない時は脳内でなまえに話し掛けると案外上手くいく。なまえは、出会った時からどんな時でも、どんなクソ野郎に対峙した時でも笑っていた。
その時俺はまだ学生だった彼女を褒めたことがある。「立派なもんだな」と彼女は照れたように首を振って「まだまだですよ」と謙遜していた。彼女がその様にあることは、俺の中でかなり意味のあることだった。
とは言え、疲れはする。なまえともまともに話ができないし、俺が俺の性欲を処理するだけの行為になってしまいそうで抱くこともできないでいる。帰って来た時にぴったり三分抱きしめているのと、風呂から出た後に犬を押しのけて撫でられているくらいだ。「最近、疲れてますね。甘え方が犬と一緒ですよ」となまえが心配してくれた。「大丈夫だ」と答えたが、なまえは俺の頬をそのあたたかくやわらかい手のひらで包んでくれたので、今から会社に呼び出されても余裕だな、とその日は思った。
そろそろ、抱えている厄介な仕事に終わりが見えて来た、そんな時だ。

「あ、おかえりなさい。部長さん」

部長さん、となまえが言うと、犬が駆け寄って来るのだが、彼女がそれを「部長じゃないんだよ」と制する。お決まりのやりとりである。

「ところで部長さん、今日はオムライスなんですけど、私、ケチャップかけていいですか?」
「? ああ。好きにしてくれていい」
「よし」

なまえは卵を三つ使いふわふわの卵を作り、それをケチャップライスの上に乗せた。一緒に暮らし始めてすぐの頃には出てこなかった料理も出て来るようになっている。なんとなく日々を過ごしているように見えて、この生活をより良くするために努力してくれているのだと改めて思う。
その卵の上に、彼女はケチャップを構えて、大きく。

「できました。足らなかったら後は適当に足して下さい」
「……」
「あれ?」
「……なまえ」
「はい」
「愛している」

言いながら、俺はカメラの連射機能をオンにして、目の前のオムライスを写真に収めた。三方向くらいから撮ると、椅子に座ってスプーンを持つ。スプーンを持ったまま、もう一度オムライスと対峙する。黄色いふわふわの上に、赤い、大きな、ハートマーク。

「悪魔的だな……」

俺がうんうん頷いていると、なまえは無感動に「食べないんですか」と言った。食べるに決まっている。だがしかし、勿体ないのではないか。これは間違いなく彼女の愛情表現だ。事前に「ケチャップかけてもいい?」と聞いたということはこれをすると決めていたはず。これは、間違いなく、彼女が意図的に俺にくれた愛情である。

「ふ」

なまえが笑ったような気がして顔をあげる。俺は相当面白い挙動をしていたらしく、彼女は、腹を押さえて堪えるように笑っていた。「ふふっ」笑うということは楽しいのだろうか。俺は正直、彼女が、俺といて楽しい、と思ってくれる為ならなんでもしたい。今、楽しくて笑ってくれているのだろうか。ぼんやりと、天使の笑顔を見つめていると、なまえはことんと首を傾げて言った。

「ちょっとは元気出ましたか?」

ちょっとどころではない。
「ありがとう。おかげでこのまま駆け抜けられる」と微笑み返し、しばらく、どこから割ったものか悩んでいたら、彼女は待つのが面倒になったのか「料理が冷める」と追加でぐちゃぐちゃにケチャップをかけて、オムライスの真ん中にスプーンを入れ、上に乗ったものを俺の口の中に突っ込んだ。待ってくれ。こんなことしてくれるならもっとゆっくり。
……それにしても彼女の料理はどれも旨いな。


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20200918

 

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