君に捧げる永遠の(8)


咄嗟に模範解答の思い浮かばない問いかけをするのは止めて欲しい。いや、どんどん話しかけて貰えるのは良いことなのだが、それにしたって一体どういうことなのか。俺はばっちり一言一句間違えず復唱できるくらいにしっかり聞いていたけれど、時間を稼ぐ為に「もう一度言ってくれ」と頼んだ。

「下着は、どういうのが好きですか?」

愛しい妻のこのセリフを、どう解釈するのが正解なのか俺はさっぱりわからない。わからなすぎて彼女の顔を見てみるのだが「今日、夕飯なにが食べたいですか?」と言う時と同じ顔をしている。つまり、同等の重さしかないということだ。それから彼女が夕飯に何が食べたいか聞くときは困っている時ではなく、ただ気が向いた時だ。
いつもははじめに言った。「なんでもいい」という言葉に従って適当に好きなモノを作っている。
推測するに、一番ありそうなのは、今、下着を新調しようと思っていて、たまたまここに俺がいたから、気まぐれに好みでも聞いてみるかと思ったという線である。

「新しく買うのか?」
「はい。欲しいなと思って」
「そうか。なら、俺に贈らせてくれ。明日は丁度メンズバレンタインデーという日らしいからな」

めんずばれんたいんでー、と彼女は繰り返した。はじめて聞いた、という様子で膝に頭を乗せている犬を撫でている。よし。このまま「よかったら、一緒に見に行かないか」と誘えば完璧だ。彼女の好みのものを買えるし、色くらいは俺の希望を言えるだろう。

「へえ。まあ、じゃあ、任せました」
「んっ?」

任せました……?

「サイズとか、お話しておいた方がいいですか?」
「いや? 知っている……」
「じゃあ大丈夫ですね」

じゃあ、大丈夫ですね…………?
くあ、となまえは大きく欠伸をして「先に寝ます」と寝室にさっさと消えていった。「おやすみなさい」と言われるので「おやすみ」と返し、その後、犬にも「おやすみ」と挨拶をしている。
俺は慌てて彼女のいなくなった部屋で灰島支給のパソコンを開き、女性、下着で検索をかける。大変なことになった。とんでもない大役を仰せつかってしまった。



九月十四日、俺はほとんど一日中彼女に贈る下着について考えていた。
新調しようと思う、という口ぶりから、際どいやつが欲しいわけではないことはわかっている。実用的な、普通の下着が欲しいのだろう。一枚くらいとんでもなくすけべな下着を贈りたい気持ちももちろんあるが、落ち着け、俺と彼女はまだそんなに仲が良いわけではない。そんなことをしたら二度とこういうことを任せて貰えなくなる。
そんなわけで「下着はどういうのが好き?」と聞かれたとしてもそのまま好きなモノを選ぶわけにはいかない。気になるのを全種類とも思ったが昼頃メールで「一つでいいです。多くても二つ」と釘を刺された。彼女は俺のことをわかってくれつつあるようで大変に嬉しい限りだ。
会社から出ると真っ先に昨日の内に目星を付けておいたランジェリーショップに入り、さらに今日せっせと確認した新商品や売れ筋商品の色形手触りを確認していった。店員は俺をどう扱ったものか困っていたようだが構うものか。
彼女が普段付けている下着は、生地はやわらかめで、シンプルなものが多い気がする。あまりキツイ赤とかかわいらしすぎるピンクとかは見たことがない。グレーだとか、紺だとか、きっとそういう色が好みなのだろう。しかし、赤もピンクも似合うと思う。赤も……。そんなことを考えていると、ワインレッドの下着から目が離せなくなり、気付くと包んで貰っていた。
念のためもう一軒も確認し、そこでも一つ買って、家に帰って来た。サイズも形もぴったりのはずだ。手は震えていないがおかしな汗をかいている。

「ただいま」

彼女は「おかえりなさい」と犬をブラッシングしながら言った。俺は正面に座り、紙袋を二つ差し出した。差し出しながら、なんと言ったものか考える。昨日から俺は考えてばかりだ。「つけてくれ」はストレートすぎるな。

「気に入ってくれると、いいんだが」
「大丈夫ですよ。よっぽど際どいのじゃなきゃ別に、見ると言っても部長さんが見るくらいですし……」
「……」

なまえはがさがさと袋から俺が買って来た下着を取り出してひょいと広げた。赤い方は、フロントホックになっている。これくらいの趣味が出るのは許されたいのだが。なまえは「ああ」と予想外にケーキのお土産を渡された時と同じ顔で笑った。

「やっぱり部長さんはセンス良いですね。ありがとうございます。こっちはナイトブラですか? 丁度試してみたいと思ってたんですよね」

ミッションコンプリートだ。これ以上の点数はきっとない。俺はこの仕事を過不足なくやり終えたと言えるだろう。あとは愛の告白だけだ。これはいつもしているのでそう緊張することもない。

「なまえ」
「はい?」
「愛している」

「はいはい」となまえは適当に返事をして、新しい下着を洗いに行った。
センスがいい、も、丁度試してみたかった、もプラスの言葉だ。俺の評価が上がった音がする。ガッツポーズで叫んでやりたい気持ちになるが、そんなところを見られるわけにはいかない。ブラッシングの途中で放置された犬と目を合わせ勝ち誇った笑顔を向けると、奴は迷惑そうに鼻を鳴らして、ブラシを咥えてなまえが消えていった方へ歩いて行った。オイ、待て、お前はもう充分構って貰っただろう。ここからは俺の時間だ。オイ、聞いてるか?


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20200914メンズバレンタインデー

 

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