君に捧げる永遠の(犬編end)


彼女は犬のブリーダーであるという友人に連絡し、必要なものを即行で揃えていた。自分のクレジットカードを使っているので俺のを差し出したのだが「あ、結構です」と手のひらを見せられた。いつも通りである。彼女は俺にものを買わせて(貢がせて)くれない。
ペットショップは何店か周った。今日は譲渡会に行く。彼女は「付き合ってくれなくても大丈夫ですよ?」と言っていたのだが「いや、新しく家族になるんだからな」という俺の返答が気に入ったのか、ぱし、と俺の手を取って歩き始めた。正直そんなことをされると何を言われても「ああ、いいぞ」と答えてしまいそうだからやめて欲しいのだが。いや、やめなくてもいいが。できれば一生そうしていて欲しいけれど。どんどん冷静な判断力を失っていくのを感じる。
彼女は会場の入り口で一度立ち止まって、わくわくした様子で言う。

「今日は運命の出会いありますかねえ」

なんてことを言うんだ。まるで新しい恋を探す少女のようなことを恥ずかし気もなく言い放った彼女の手をぐっと引っ張って、俺は(これでも結構耐えたのだが)必死になってなまえと目を合わせた。

「君の運命は俺だ」
「犬の話ですよ」

彼女は俺の手を引きながら会場をふらふらと歩きまわる。「どんな犬がいいのか」という問いに「できれば黒くて大きいやつがいいですけど、でも、まあ、どんな犬でもかわいいですから」と答えた。犬が欲しい、と言った割に、どんな犬がいいかというこだわりはないらしい。

「絶対に雌な」
「どうしてですか?」
「男は馬鹿だし、単純だからだ」
「犬の話ですよ?」
「犬だろうが猫だろうがトカゲだろうが雄は駄目だ。いいか、絶対に」
「うわあ、かわいい!」

これはわざと返事を保留にされている。彼女はとても聡明なので「その話には了承しかねるな」という時にはこうやってはぐらかしてしまう。そして俺もそれを許すわけだ。下らないことでぶつかりたくはない。ただでさえ触れられる時間が少ないのに。
しかし、俺と彼女とはこういう話もしている。「いい犬がいなかったら飼わないという選択肢も浮上するのか?」「いなければそうですね。絶対にこの子がいい、って思えたら決めます」そう簡単に、運命の出会いとやらがあるとも思えない。
もっとも彼女の根気は凄まじく、日々インターネットで調べたり、一人でペットショップに行ったりと、その出会いを信じて疑っていないようだが。
俺は彼女の横で犬と戯れる姿をじっと見ていられるわけである。犬は正直邪魔者でしかないのだが、彼女のこんな笑顔が見られるのならやぶさかではない。「あっ! 危ない!」

「えっ」

俺が声がした方向を見るよりはやく、それは彼女にぶつかって来た。
黒い、大きな犬だ。彼女の希望通りのやつである。それが、彼女に突進してきて、彼女にのしかかり、図体に似合わない怯えたような声で鳴いている。「よしよし、どうした?」と犬相手にも優しくする彼女は犬の体に手を置いた。触らなくてもわかる。明らかに痩せすぎている。

「ごめんなさいっ、怪我ありませんか?」
「君がこいつを見てたのか? 一歩間違ったら大怪我を、」
「大丈夫です。どこも怪我してませんから」
「よかった」

ここのスタッフだろうか。俺はすぐに名札を確認して、顔ももう一度確認した。覚えたからな。

「この子、保護されたばかりなんですか?」
「いいえ、そういうわけじゃないんですけど」

なまえは犬を撫でながら、スタッフの女と話し込んでいる。この犬は一月前に保護されたそうだが、それまではどこで何をしていたのか、とんでもなく人間を怖がるのだという。それが、なまえを見つけた瞬間に走って行って甘えたので驚いている、と話した。なんだそれは。体よくこいつを押し付けようとしていないか。と、話の真偽を確かめようと俺が触ろうとすると、身体を震わせて、なまえにぎゅうぎゅう体を寄せていた。こいつめ。

「あの、こちらでもサポートするので、よかったらこの子を」
「ああ、いいですよ」
「おい、なまえ? いいですよってどういうことだ? こいつにするのか?」
「はい。駄目ですか?」

俺は咄嗟に目を逸らした。なまえはしゃがんでいて、俺は立っている。そんな位置から見つめられたら頷く以外の行動がとれない。時間を稼ぐためにスタッフの女に問いかける。

「こいつ、雄か?」
「はい、そうです」

頭ごなしに駄目だと言うのは簡単だ。しかし俺は彼女に嫌われるのは嫌だ。何か、そうだ。なにか条件を出そう。俺が幸せになれるようなやつがいい。何がいいだろうか。割と彼女のことならばなんでも幸せになれるのだが、ああ、あれなんかいいんじゃないだろうか。余裕綽々に条件を提示しようと彼女の方を見た。瞬間の出来事である。

「駄目?」

上目遣い。切なく潤む瞳、不安そうな声。おまけに、くい、と服を引っ張る細く白い指。

「ああ、いいぞ」
「ありがとうございます」

踊らされている。いいように操られている。手続きはとんとんと進んで行き、この黒い犬は家の番犬になることが決定した。家に連れて来るが暴れるようなことはなく、彼女の足元から離れなかった。「君、」と彼女が犬の頭を撫でながら「そう言えば名前、つけてあげて下さいって言ってたな」と思い出す。

「部長さんなにかいい案、」

なまえがこちらを見上げると、犬もふん、と鼻を鳴らした。何かに反応したようなタイミングだった。なまえの声、だろうか。

「部長さん」

なまえは、もう一度その言葉を口にした。犬はぴくりと耳を動かして、顔をあげる。なまえに構われたくて堪らないという風に尻尾を振っている。なまえはぱあ、と顔を輝かせて犬の顔の高さに合わせて座り込んだ。そして、犬を抱きしめる。ずるすぎる。俺はこの心からの願望がうっかり口から出ないようにするので精一杯だった。

「部長だ。この子」

嘘だろう?
「部長」呼ぶと、犬はぱっと反応した。なんでその言葉にそんなに反応するんだ。「部長ー」あとなまえもそれでいいのか? こっちの部長さんはどうするつもりだ? なまえは俺のことなど気にも留めずに「部長、部長」と犬と戯れている。

「んふふ、かわいい」

だがやはり、普段俺と二人きりの時にはしない顔をしているのは、最高に、良い。


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20200913;犬編終わり。これで部長(犬)とガチバトルする部長(大黒)書ける。

 

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