君に捧げる永遠の(6)


大黒部長が結婚を報告してから、二ヶ月が経過した。「新婚なのになんであの人は全く丸くなるとかないんだろうな」と誰かが言っているのを聞いた。部下に弱味を見せるような人ではないから当然だ。けれど、俺は、大黒部長が如何に自分の配偶者となった女性を大切にしているか(執着しているか?)知っている。
いや、正確には知らないのだが、彼女には大黒部長を黙らせる力があるのだ。俺の嫌いな強い奴だ。けれど、かく言う俺も彼女の働く店にはよく来ていた。
何を頼んでもハズレはなく、特に、アルバイトの彼女が淹れる飲み物を飲むとその日は一日上手くいくというジンクスがあった。実際どうしようもないと思われた案件が何とかなった例がいくつもあり、恋愛成就祈願や難しい商談まで、灰島ではほとんどの社員がお世話になっているのではないだろうか。
店主は、そんな彼女の人気を見て、彼女と写真が撮れるスペシャルコースを考案していた。確か一万ポッキリのランチメニューだ。そんなもの売れるかと彼女は楽観していたようだが、予想外に注文していく大人が多いせいで、二週間で廃止となった。
そんな彼女と、大黒部長がどうして結婚することになったのか、詳しくは知らないが、部長のことだ。なにか汚い手でも使ったのだろう。でなければ、ろくに交際期間を経ずに結婚などという話にはならないはずだ。

「いらっしゃいませ。あ、黒野さん」

結婚しても、彼女は週に四日は出勤しているようで、こうして会うこともある。最も今日は、居るのを知っていて来たのだが。

「ああ。日替わりランチを二つ頼む。一つはテイクアウトで」
「はい。飲み物はどうしますか? 今日はレモネードオススメですよ。レモン沢山貰ったから」
「それは正規のメニューなのか?」
「ううん。常連さん限定で紹介してる裏メニューです。レモンマシマシバージョン」
「ならそれも二つ」
「一つはテイクアウトですか?」
「ああ」
「はい、じゃあ好きな席で待ってて下さい」

彼女はテキパキとオーダーを通して俺に水を出し、次に来た客の相手をしていた。レモネードは案内していないようだ。
昼のピーク時間をやや過ぎているので店は空いているが、ちらほらと客がいるし、外から見て彼女の姿を確認した上で入ってきている客もいる。
彼女はその全てに愛想良く案内をして、その内料理とレモネードを持って俺のところに来た。

「お待たせしました、黒野さん。テイクアウトは帰る時に渡しますね」
「ああ。それともう一つ頼みがあるんだが」
「はい。なんでしょう?」

俺はメモ帳と、死神のマークの入ったボールペンを彼女に差し出しす。

「テイクアウトは部長への賄賂だ。一筆頼む」
「なるほど。わかりました」

日替わりランチは油淋鶏と季節の野菜を彩りよく揚げたものだった。添えられている雑穀米は、特別に大盛りにしてくれていた。



同僚に「遅くないか?」と文句を言われた。「って言うかお前、もしかしてなんか食ってきた?」なぜバレたのか分からない。いや、そんなことよりも。
今日の部長は嫌に荒れている。こんな時はあの店のものをテイクアウトしてくると良いということは、俺だけが知っている。まあ、彼女が出勤している時限定だが。

「部長、いいもの持ってきましたよ」
「いいもの? お前はこの状況で仕事の成果以上のいいものがあると思っているのか? ふざけていないで仕事を、」

がさ、と紙袋をデスクに置くと、部長の動きがピタリと止まった。店のロゴなどはついていないから分からないはずなのだが、中身がなにかわかったようだ。部長はすっと立ち上がり、ニコリと笑って「ちょっと来い」と言った。俺は大人しくついていく。同僚たちが信じてもいない神に「ラート厶」と言う声がした。
廊下に出てしばらく歩くと、部長は勢いよく振り返った。

「会ったのか? 彼女に」
「会いました」
「俺がせっせと仕事をしている時に、俺を差し置いて会ったのか? 彼女、何か言っていたか?」
「今日はレモネードがオススメだそうですよ」
「そういうことじゃないよな? わかるだろ?」
「あと一筆認めてもらいました」
「なに?」
「手紙、入ってますよ」
「よくやった。戻っていいぞ」

言いながら、戻る場所は同じである。部長は早足に戻ってガサガサと袋の中身を調べ始める。メモはすぐに見つかるはずだ。
彼女はシンプルに『部長さんへ。お疲れ様です、午後もがんばって。なまえ』と書いただけだったのだが、大黒部長にはそれで十分すぎるほどだったらしくしばらく頭を抱えていた。
そして、メモをスケジュール帳とは違う手帳に挟み、遅い昼食を取り始めた。劇的に柔らかくなった部長の周囲の空気に、同僚たちはいったい何が起こったのかとザワついている。「黒野がたまに買ってくるあれ、なんだ?」なんてことはない、近くの店のランチと特製レモネードだ。しかし、こいつらに教えてやる義理はない。

「秘密兵器だ」

来月の給料明細が楽しみである。


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20200911

 

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