疫病神のトロイメライ


アラームより少し早く体を起こして、ぐっと大きく上に伸ばす。欠伸はでるしまだ眠いけれど、なまえはすぐに着替えて部屋から出る。洗面所で髪をまとめてから顔を洗うと「よし」と自然に声が出た。

「おはようございます」
「ああ、おはよう。朝飯出来てるぞ」
「はい、ありがとうございます」

「今日は焦げなかったぞ」と大黒は得意気に笑いながら、なまえと数秒だけ目を合わせて、すぐに新聞に視線を落とした。テレビもついていて、ニュースが流れている。これらすべてを聞いているのだろう。そして必要な情報だけを的確にインプットしているのだ。

「もうすぐ中間考査だったか?」
「はい。明後日から」
「なら終わるのは金曜だな。夜は肉でも食いに行くか」
「いいんですか?」
「ああ。同級生がドン引きするような高い店のを奢ってやる」

なまえは今日は焦げていないハムエッグを皿に盛りつけて、食パンを一枚トースターに入れた。最近は餡子を乗せるのがなまえのお気に入りだ。「いただきます」卵を箸で割ると「ああそうだ」と大黒は新聞から視線をあげて言った。

「金曜以外は多分遅くなるからな、悪いが適当にやっておいてくれ。金はあるな?」
「夜食とか間食とか大分贅沢しても使いきれないくらいですよ」
「よし。まあ、足りないようなら適当に引き出して使えばいいが」
「大黒さんはたかだか十四の小娘を信頼しすぎじゃないですか……? ゲームに課金して百万円とか使っちゃったらどうするんです……?」
「ハッハッハ! それはそれで大物だな。流石は俺の娘だ」

トースターから食パンを取り出して餡子を塗って、ぱくりと口に入れる。朝一番で摂取する糖分は体に染み渡るようである。こうやって意識を逸らしていないと唐突に言われた「俺の娘」という言葉に照れてしまう。
血のつながりは一切ないし、大黒はなまえの親戚でもなんでもないのだけれど、今は立派に(となまえは思っているし満足している)なまえの保護者をやっている。それなりに責任や義務のようなものも感じているようで、ことあるごとに「俺の娘」であることを思い出させるようにその言葉を使う。
何度も言われているのに慣れることができずに、顔が赤くなる。冷やそうとオレンジジュースのグラスを持ったタイミングで、大黒が言った。

「ところでなまえ。昨日テーブルの上に放置してあったラブレター。返事はしたのか?」
「んぐ」

げほ。とうまく呑み込めなかったオレンジジュースが逆流する。なまえは数回咳を繰り返す。大黒はにやにやと笑いながら「オイオイ、大丈夫か?」と聞くだけである。

「返事って言っても、知らない間に下駄箱に入ってて、差出人の名前もないし、返事のしようがありませんよ」
「筆跡で誰かわからないのか?」
「そんな特殊スキルありません……」
「なら、心当たりは?」
「ありませんよ」
「よくお前を見てる奴とかいないのか」
「いませんって……」

「そうか。真剣交際するなら早めに挨拶に来させろよ」大黒は真剣ともふざけているとも取れる笑顔でばさりと新聞を開いた。「気が早すぎる」なまえはさっさと朝食を食べ終えて、食器を片付け、ボトルに作り置きのお茶を入れた。

「よし、行くか」
「えっ、送ってくれるんですか?」
「もしかしたら手紙の送り主がわかるかもしれないだろう? 今日は特別だ。時間もあるしな」
「そんなのわかりませんよ」
「いいか、なまえ。普段はあんまり話をしない奴で、『今朝の男は誰だ』って聞いて来る奴が怪しいからな」
「いるかな、そんな人……」
「報連相は社会人の基本だ。いたら十分以内に電話で教えろ」
「で、電話で……?」
「素直な返事は目上の人間に気に入られる為の第一歩だ」
「はい……」

大黒は、わざわざ特殊消防隊の訓練学校の正面に車を停めて、自分の存在を見せつけるように運転席の窓を開けてなまえを見送った。数分に満たないやりとりだったのだが、自分の教室に着くと、今日、なまえみょうじはやばそうな男の車で通学していた。援助交際ではないかという噂が早速流れており、昼にはパーン教官に呼び出された。「……保護者の方、だよな?」という確認であった。
東京皇国に何台と流通していない指折りの高級車で、ブランドモノのスーツに身を包んだ男に送迎されれば、当然そうなる。

「すいません。私の保護者で間違ってません」
「ピ、まあ、なんだ、気を付けてくれ」
「はい」

たぶん、面白がってまた来るだろう。
そして自分も、面白がって素直に送ってもらうのである。


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20200910:ぶちょーに成長を見守られたり面白がられたりするシリーズなんですけどどうですかね…あり…?

 

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