「いいよ」/桜備


「ああ、いいよシンラ。それは私がやっておくから」
「えッ、本当ですか! ありがとうございます」
「うん、いいよ」

口癖、と言うほどでもないのだろうが、なまえはよく、そうして他の隊員の仕事を手伝っている。リヒトやヴァルカンを手伝っている時もあるから、得意な分野も多岐に渡るのだろう。
リヒトは「でも得てしてああいう人は半端なことを気にしてたりするもんすよね」などと笑っていたけれどなまえはその推察に頷いて「そんなこと考えたこともあったけど、半端じゃない人なんてこの世界にいる?」と言っていた。
これにはリヒトも「確かに」と楽しそうに返していたのを覚えている。

「なまえ、いるか」
「はーい」

歳が近いせいで、俺とは他よりいくらか気安いなまえは、自分の仕事を進行させたまま返事をする。
とん、と、机の空きスペースに書類を積むと、なまえの耳にかけていた髪がぱらりと落ちる。なまえは無意識にそれを髪にかけ直す。うーん。なんと言うか、心臓を握られたような気持ちになる。好きだ。
と言うような業務に一切関係ない好意は一時横に置いておき。
今日は作戦がある。

「なまえ、こっちの書類も頼むな」

どうやらなまえは、入ってきた人間の足音とか呼吸とかで物事の重要度を測っているらしく、やはり俺を見上げることは無い。「うん」と返事だけが帰ってきた。行け、俺。「それにしても、」

「第八も消防隊らしくなってきたなあ!」
「ね」
「科学捜査員も機関員も優秀だ」
「うん」
「もちろん、新人もな!」
「ん」
「今日もいい天気だし、これで人体発火の謎が分かれば言うことなしだ」
「ほんとに」

返す言葉が変わるあたり、聞こえてはいるはずだ。
よ、よし。

「明日も晴れるらしい。俺とデートでもするか!?」

うおお言ったぞ! あまりにも引かれるようなら冗談にする準備もできている。
どういう、反応になるだろうか。ぽかんとされる可能性が高いと俺は見ているが……。顔を顰めて「は?」も有り得る。考えるだけで胃が痛むので考えるな考えるな……。

「!」

用意していた「なーんてな」は、なまえがこちらを見上げて微笑んだから飲み込めた。

「うん、いいよ。行きましょう」

ぶわ、と顔が赤くなるのに、なまえは涼しい顔をして仕事に戻った。あまりにも変わらないのでやっぱり聞いていなかったのでは、と思うのだが、なまえは「久しぶりにおしゃれしなきゃだな」と楽しそうにポツリと言った。
独り言なのか俺に言ったのか、策士なのか天然なのか、少しでも照れてくれればいいと無防備な頭頂部に唇を落として部屋を出た。
きっと、表情に変化はないのだろ……、

「オウビ大隊長! なまえさんが執務室で頭抱えて煙出してるんですが、なにかあったんですか……?」

しまった。出ていくんじゃなかった。


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20191104:いい推しの日のネタを書くと言ったな。あれは嘘になった…。いいよの日ってことでよくある感じの。

 

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