君に捧げる永遠の(2)


なまえは俺よりも早くに起きて、朝(ゴミ出しがある日はゴミ出しを兼ねた)散歩をした後に家事を開始しているらしい。なんて健康的なんだと感心すると同時に不安になる。早朝一人でいて、不審者にでも出くわしたらどうするのか。
俺もどうにか起きたいとは思うのだが、彼女は起き出す時に音を立てないし、俺は大抵前日の夜遅くまで彼女の寝顔を眺めているのでそう徹底されると起きられない。
以前一度「起こしてくれ」と頼んでみたが「一人でいたいので」と断られた。彼女にとっては、貴重な時間であるらしい。考えてくれる余地すらなかった。俺はしばらくへこんでいた。
つまり、俺が起き出す頃には彼女はその日の昼食の用意まで終わっている。
俺が身支度を済ませて、キッチンに座る頃にはしっかり全てが整っているという訳だ。余計なことを言わない彼女はまるで仕事をするようにふたつコーヒーを入れて、自分の分はカフェオレにするのである。
これはどうやら、俺が朝飲むコーヒーの適量を知っていて、調整する分を彼女が飲んでいるようである。残したことなどないはずだが。いつだかちょうど良い量になっていた。とんでもない嫁だ。自慢が止まらない。いや、誰にも知られたくない。
そうして一緒に朝食を食べながら、彼女はニュースを見ている。「明日は雨かあ」と小さく呟くのさえかわいい。今考えていることを全部教えて欲しい。
片付けをする彼女の背中の、首のあたりをじっと見つめていると、なまえが手についた水を払いながらくるりと振り返る。
淡々としているが、冷たい印象は受けない。むしろ、何もかもを受け入れてくれそうな柔らかさが漂っている。何が起きても、彼女は彼女である、という雰囲気だ。

「もう時間じゃないですか?」
「おっと、そうだな」

なまえが「行ってらっしゃい」と微かに笑う。行かなければならない。
行かなければ、ならない。俺はフラフラとなまえに近寄り、その華奢な体を抱きしめる。「行ってくる」この時の幸せと言ったら無い。永遠に続けと願うのだが、俺は仕事に行くわけだ。「行ってくる」と俺はもう一度繰り返した。



はじめから、この人がちょっと普通でないことはわかっていた。

「行ってくるからな」
「はい、いってらっしゃい」
「変な男について、いや、変なやつには子供だろうが大人だろうがついていくなよ」
「はい」
「何かあったらすぐに連絡をくれ」
「はい」
「番号はわかるよな?」
「部長さん、時間が」
「ああ、そうだったな。行ってくる」
「はい、気をつけて」
「ああ。愛している」

かれこれ十分はこんなやり取りをしている。この時間まで順調なのに、毎朝毎朝、今生の別れのようになるのは如何なものか。
五分を過ぎるとさっさと行けとくっついている体を押すのだが、しっかり十分は腕が緩むことはない。

「よし。本当に行くからな」
「はい、どうぞ。いってらっしゃい」
「……駄目だ、小さくして連れていきたい」

本当に駄目だ、私は気付かれないようにため息を吐いて、背中をポンポンと叩く。追加で三分程そうしていると、ようやく手が離れた。
離れる時に私の額にキスをして「愛している」と教えてくれた。
私はにこりと見送って、鍵を閉めると、エプロンをその辺に脱ぎ捨ててソファに体を投げ出した。
……やっと行った。


-----------
20200908

 

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -