君に捧げる永遠の(1)
今日も絶好調だった。
とは言え、面倒事が起こらないわけではないし、言ったことすらできない部下もいる。俺はちらりと時間を確認してから、二か月前に引っ越してきた新居を見上げる。
十二時前だが、なまえは既に眠ってしまっているようで、部屋の電気は点いていなかった。しかし、独身の時とは違って電気を点ければなまえのメモが置いてあるのだろうし、風呂の用意も(多少冷めていたとしても)されているのだ。そしてなにより、なまえは寝室ですやすやと眠っていて、朝になれば俺の為だけに(実際には自分も食べるからだが)朝食を作り、コーヒーを淹れてくれるのである。まったくとんでもない毎日だ。我が世の春である。
俺はこれで一向に構わないし、あまり無理をされると続かないだろうから、これで満足だ。とは言え、声を聞きたくて、彼女の寝顔を覗き込みながら頭を撫でる。
さらさらしている。今日は念入りに手入れをしたようだ。彼女の気に入りのヘアオイルの匂いがした。
白くふっくらとした頬に触れると、身体中にまとわりついていた何かが吹き飛ぶようだ。暴力的なまでに癒される。
「まったく、君は容赦なく先に寝るな……、そういうところもかわいいが」
長い睫毛を指先で撫でて、その瞼にキスをする。
なまえからのお疲れ様、が聞きたい俺はその両目を開いてこちらを見てくれる瞬間を切望するわけだ。わざと大きくリップ音をたてると、彼女が「ん」と身動ぎした。
「……泥棒?」
「そんなもの入るような軟弱なセキュリティだったら即引っ越しだ」
物騒なことを言う割には呑気にしている。そういう動じないところがまた好きなのだが、俺はまた彼女を前に喋りすぎている。なまえを前にするとどうにも楽しくなってしまって飲んでもいないのによく口が回る。
「ああ、部長さんですか……おかえりなさい……お疲れさまでした……」
おやすみ、となまえは目を閉じて、俺との間に壁を作る様に布団を頭の上まであげた。待ってくれ。それは流石に寂しいぞ。もう少し話がしたくて布団の上から彼女の体を揺すった。彼女は迷惑そうにするでもなく、抗議の声をあげるでもなく、だらりと体を横たえている。「なまえ」
「ケーキがあるぞ」
「けーき? 明日食べます、ありがとう……」
「なあ、ちょっと俺と話さないか」
「ん、」
んん。と彼女は一応起きようとしたのかもしれない。わくわくと次の言葉を待っていると、その待っていたのがいけなかった。彼女からはそれきり何の反応もない。やはり、帰ってくる時間が遅すぎた。
「……なまえ?」
返って来たのは「すう」という寝息だった。
しかたがない。俺は彼女の髪に唇を寄せた。晩飯を食べて風呂に入って、そうしたら彼女の隣で眠る。それらをさっさと済ませるだけの気力を勝手に貰う。
そして、半分眠りながらも、考え得る全ての言葉を俺にくれた彼女の律儀さに想いを馳せた。
「おやすみ。世界で一番愛してる」
例え君が、そうでなくても。
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20200907:軽率にあげたい、幸せなのか幸せじゃないのかわからない大黒部長シリーズ。