大暴投と呼ばないで(end)


 ビールを一杯飲みながら「まず、勘違いされない為にはどうするべきか」と作戦会議は始まった。今更だが、アルコールを入れて作戦会議をするのは最悪ではないだろうか。二人して弾けてとんでもない黒歴史になってしまわないように、私はできるだけゆっくりお酒を飲んだ。

「やっぱり、あれじゃない? 事前に全部可能性を潰しておく。宣言しておけばいいんじゃない? これは予行演習じゃないし、今から言うことは練習でもなんでもない、みたいな」
「だが」
「うん?」
「これは予行演習じゃないし、今から言うことは練習でもなんでもない、と、言う練習だと思われたらどうするんだ?」
「そんな鈍感な人間がこの世に存在する? 黒野とんでもない人を好きになったねえ」
「本当にそうだな」

 黒野は何故か怒ったように言って、私が隠していたジンを炭酸水で割って一気に二杯程飲んだ。酒の勢いを借りるにしても、度が過ぎるとわけがわからなくなりはしないか。私は始まる前から不安で一杯になった。

「っていうか、黒野、本当に今日この後に告白するの?」
「する」
「電話で?」
「そうだな」
「するなら早くしたほうがよくない?」
「まだしない」
「なんで? まだなんか不安?」
「俺はこの件に関しては不安しかない。お前は俺が頑張っていると言ったが、俺のその頑張っていることは今のところ全て空振りしている」
「ごめんそれは、私も悪いのかもだけど」
「不安もそうだが、もしかしたら、これが最後になるかもしれないからな」
「最後?」
「なまえとこうやって飲むことは、できなくなるかもしれない」
「ああ!」

 意外とちゃんとしているのだな、と私はまた感心した。確かにその通りだ。黒野の恋がうまくいって、好きな女の子と付き合うことになったなら、私はただの同期の女に戻るべきである。恋愛アドバイザーの任は大黒部長にでも引き継いで、二人で会ったり、遊んだりするべきではない。

「うん。そうだね。黒野は偉い」
「惚れ直したか?」
「それは言う相手が違う」

 少し寂しいけれど、しかたがない。
 またなにかあったら力になるし、結果に直結したかどうかは謎だが、これだけいろいろやったのだから、今度私になにかあれば黒野に相談に……、いや、相談相手としての適性が全くない気がする。やめておこう。
 私たちはしばらくごちゃごちゃと飲んだり食べたりしていたのだが、黒野が机に突っ伏して動かなくなったので、これはまずい、と携帯電話を持たせた。この状態で告白させるのが正解かどうかはわからないけれど「黒野」と声をかける。

「……」

 黒野はのそりと頭を持ち上げて、携帯電話を操作しはじめた。ゆっくりとした指の動きは、その想いの強さ(重さ?)を現わしている気がした。私は、万が一にも声が入るようなことがあってはいけないと限界まで後ろに下がる。
 がんばれ。
 黒野は一際時間をかけて最後のボタンを押したようだった。
 そして、耳に電話を押し当てる。
 がんばれ、黒野。

「!?」

 祈るような気持ちでいると、数秒後、私の携帯電話が震えはじめた。なんだこの大切な時に! こんな最悪のタイミングで連絡してくるなんて、なんて奴だと思いながらディスプレイを確認する「え」着信は、優一郎黒野からだ。

「えっ? え?」

 私は咄嗟にボタンを押して電話を耳に押し当てる。部屋の端と端で会話がはじまってしまった。なんだこれ。

「黒野? 間違えて、」
「何も間違えてない。いいかなまえ。これは予行演習じゃないし、今から言うことは練習でもなんでもない。もちろん。練習の練習なんかでもない」
「え、」

「間違いじゃない。間違いじゃないんだ」と黒野は繰り返す。これは間違ってない。ならば、いや、そんなことがあるか? 間違いじゃないとすると、黒野の好きな相手というのは、つまり。

「なまえが好きだ。俺の恋人になってくれ」
「……嘘だ」
「……わかった。やり直す」

 黒野はふう、と一度深呼吸をして「これは予行演習じゃないし、今から言うことは練習でもなんでもない」と打ち合わせした台詞を繰り返した。「電話は間違ってない。俺はなまえに電話をかけている。それから、俺が今から言うことは全て、本当のことだ。嘘偽りは一つもない」黒野が立ち上がって、こちらに歩いてくる。携帯のスピーカーからと、部屋の中、黒野の声が二つ聞こえる。
 退路を断つように、黒野の声が反響している。

「好きなんだ。もうそろそろ、わかってくれ」

 黒野が携帯電話を投げ捨てた。
 私の目の前に座って、あの熱の籠った綺麗な目でこちらを見つめている。

「好きな相手に、恋愛相談するっていうのは、どうなの」
「……お前は困っている人間を放っておけないからな、そういう悩みがあると言うのが、一番近付けると思った」
「じゃあ、最初から?」
「最初どころか、入社した時からずっとだ」

 さらり、と私の髪を撫でると、黒野は鼻の一番高いところが触れてしまうギリギリまで、私と顔を近付けた。「それで」

「返事は? 伝わったなら、それなりに考えてくれるという話だっただろう?」
「返事、返事……?」
「五秒以内」
「考えさせる気ないなあ! 私も好きだよ!」
「四、三、二、……一?」

「今なんて言った?」退路を断たれるのはともかく目を見開くな怖いから。「いや、だから」

「黒野にこんなに愛されてるの、羨ましいなって途中から思ってた。これは好き、でしょう」
「何故思った時に言わないんだ」
「私が好きとは思わないでしょ」
「いいや。俺は伝わらな過ぎてただ弄ばれているんじゃないかと思っていた」
「弄んでないよ。私も真剣にいろいろ考えてた」
「ならどういうことになるんだ」
「たった今から恋人ということになるんじゃないの?」

 黒野は途端活き活きと顔をあげて、私をひょいと持ち上げた。アルコールのせいで急に動くと少し気持ち悪い。

「よし。なら、行くか」
「え、ど、どこへ?」
「ベッドだ。寝室はどっちだ?」
「待て待て待て、そんなことある? そんなに性急だと後で体目あてだったんじゃないかって不安になるでしょ、私が」
「いいやならない。大丈夫だ。俺はわかっている」
「なんだその自信」

 私の家はそんなに広くもなければ部屋数も多くない。黒野はさっさと寝室を探り当て、私をベッドに置いて、自分もその上に被さる様に乗った。普段の倍以上の重さがベッドにかかり、ぎしりと音をたてている。
 いやいや、嘘だろ。
 心の準備って言葉をこの男は知らないのか。「黒野っ」お願いだからちょっと待って下さい、下着が上下バラバラの可能性すらあるし、心だけじゃなくそれならそれで準備とか、あ、黒野の言ってた展開次第でってこのことかあ! じゃあ黒野だけ用意できててずるくないか? ん? ということはこの男、想いが通じた途端にそういうことをするつもりで……? いやいやこれは本当にまずいんじゃ――――。
 どさ、と私の横に黒野が倒れた。

「あれ、黒野……?」

 恐る恐る肩を押すと、ゆるく目を閉じて、すうすう寝息を立てている。

「ああー、めちゃくちゃ飲んでたもんなあ」

 私は黒野の背をそっと撫でて「おつかれさま」と軽く叩いた。疲れさせたのは私なのかもしれないけど、疲れる程に頑張ってくれたのは私が一番知っている。考えれば考えるほど悪いことをしたなあ、という気持ちになる。どうやって報いるのがいいのだろうか。
 いや? そもそも、あれだけ飲んで、この寝落ちである。
 もし、恋人になったこと、忘れていたらどうしようか。

「ふふ、そしたら、そうだな」

 全部忘れていたなら丁度いい。今度は黒野に、私が告白してみよう。「好きな人ができた」と言って「相談に乗って欲しい」と会いに行って、そうしたら彼は、一体いつ、私の気持ちに気付くだろうか。
 案外、同じくらいに鈍感だったりして。


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20200906:お誕生日おめでとう黒野さん!日付け間違えててごめん!!!!!間に合ったから許してくれ!!!!!

 

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