大暴投と呼ばないで(6)


朝、私の家を喫茶店代わりに使ったあとは、比較的普通のデートだった。
 やっぱり予行演習なんじゃないかと私は言ったのだが、黒野は「違う」「絶対に違う」と頑なに首を振り続けていた。しかし、歩くときは黒野がいつも車道側に立っていたし、私が買い物をすると荷物を持ってくれたし、百貨店のエレベーターでは人に押しつぶされないように気を付けてもくれた。
 時々「今のはどうだった」だとか「うっかり好きになりそうか」と感想を求められること以外は割合に普通であった。ただ、じっとこちらを、穴が空きそうなくらいに見ている時があって、そういう視線は、本当に好きな人にしか向けてはいけないと思う。私でなければ勘違いしているところだ。
 黒野は怖いくらいに私の言ったことを参考にして、昼にはイタリアンの美味しいお店に連れて行ってくれた。時々隠れてメモを見ていたのがなんとも言えなかったが、それ以外には何も言うことは無い。
黒野との会話がよく飛んだり跳ねたりすることは、ご愛嬌ということで。黒野の必死さに免じて、許してあげて欲しい。
更にはデートの終盤、これは告白の予行演習だろう。私の手をするりと掴んで「好きだ」と言った。「うん、完璧。本番も頑張ってね」と私は親指を立てた。
もう私にやれることはなにもない。



しばらくしてから、廊下でばったり黒野に会うと、駆け寄っていって気になることをまず聞いた。

「告白どうだった?」

おや、と思う。いつもあまりよくない顔色が、今日は余計に悪いような。昨日の夜お酒でも飲みすぎたのだろうか。そんな顔だ。
黒野は私の肩をがしりと掴んだ。

「うわ、なに?」
「フラれた」
「ええ!? そうなの……? ちゃんと告白した? 好きだって言った?」
「言った」
「そしたら?」
「本番も頑張ってくれ、と」
「なんだそれ、黒野が練習で告白したと思ってるだけじゃん。もう一回ちゃんと告白したらなんとかなるかもよ? 元気だして」

 やや無責任だったかもしれないが、伝わっていなければ、その返事は適切なものではないはずだ。
 私は黒野の肩をぽんぽんと叩く。黒野はのっそりと顔をあげて、私と目を合わせる。相変わらず、綺麗な目をしている。普段はそうは思わないのに、目が合っている時はどうしてか、そう思う。

「本当か? もう一回言ったらなんとかなるか?」
「ごめん、絶対はないけど、でも、伝わったらもうちょっと考えてくれるよ」
「どうしてそう思う?」
「だって黒野、頑張ってたし、その子のことすごく好きなのわかるよ。だから、勘違いで終わっちゃうのは勿体ないよ」

本当にびっくりするくらいに真剣だった。私はそれはもう心の底から面白がってもいたけれど、それ以上に感心していたのだから、出来れば上手くいって欲しい。

「……伝わっても、駄目だったらどうする?」
「そしたらしょうがない。パーっと飲みに行こう」
「他人事だな」

 黒野は不満そうだったけれど、やや生気を取り戻したようだった。よかった。この男に元気がないと、なんとなく、周りの人間が不安になる気がする。「それなら」

「飲むぞ。付き合ってくれ」
「えっ、いや、なんで?」
「作戦会議だ」
「飲み屋で?」
「お前の家でだ」
「なんで私の家?」
「その後の展開次第では都合がいいからだ」
「え、いや、うん? 家から電話で告白するとかマジでやめてよ? 振られたら家で騒ぐつもりか?」

 私たちはしばらくどこで作戦会議をするかについて議論していた。議論になった時点で私は負けている。最近この流れで私が折れずにいられたことがない。半ば諦めながら主張を交わし続ける。

「お前の家で」
「いや普通に居酒屋で」
「お前の家でだ」
「いや、普通に、居酒屋で」
「酒代は全て俺が持つ」
「いや、普通に、」
「残った酒はお前の家に置いていこう」
「別にいらんし」
「片付けも手伝う」
「ああ、もう」

黒野がフラれるとしたら原因はやはりこの押しの強さだろうか。私は考えるのが面倒になったので「わかったわかった。好きにしてくれ」と、折れた。


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20200906

 

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