大暴投と呼ばないで(5)
あまりにも面倒くさくなりすぎて黒野と出くわすのを避けていると、今朝、ついに私の部署までやってきた。
避けていたことには気付いていない様子だったが、久しぶりであるせいで話しかけにくかったのか、じっと、観葉植物の後ろで私を見つめていた。そんなことしたってただ面白いだけである。
「調子はどうだね、黒野くん」
黒野はのそりと観葉植物の後ろから出てきて、相も変わらず何を考えているやらわからない目で私を見下ろした。じ、と私たちは数秒見つめ合い、睨めっこは私が勝った。
私から目を逸らした黒野はぽつ。と言う。
「告白を、しようと思うんだが」
「ほう! ようやく! さっさとしておいで!」
「……だが、シチュエーションは大事だとこの間言っていただろう」
「いやいや。いけると思った時に言うのがいいよ」
「行ける気は、正直、しないが」
「珍しくネガティブ……いや、いつも比較的ネガティブか……?」
まあここではなんだし、と廊下に出て角を曲がると二人になれた。休憩時間ではないから手短に頼みたいのだが、黒野は至ってマイペースだ。強い男というのはみんなこうなのだろうか。
「それで、聞き忘れたことがあったんだが」
「メモの意味」
「手紙とかで伝える方がいいだろうか?」
「黒野詩的情緒と無縁そうだし、報告書みたいな手紙できあがりそうだから向いてないと思うよ」
「なら、どうする?」
「ストレートが一番じゃない? 黒野みたいなのは」
「そうか。よし」
「うん」
黒野は私の前ですっと背筋を伸ばして、深呼吸を繰り返した。黒野はらしくもなくしおらしく自分の指を胸の当たりにおいて、くしゃりとシャツを中央によせる。
すう、と息を吸い込んで言った。
「デートしてくれ」
「うん? ああ、うん、ばっちり。それを好きな子の前で言えば完璧だよ」
黒野は首を傾げて少し考えた後に、もう一度同じようにして言った。私も黒野と同じように首が傾いていく。なんだ?
「デートしてくれ」
「うん? 大丈夫だと思うよ。その意気だ」
なんだなんだ? 黒野は頭を抱えてそのままごつりと壁に額をぶつけた。いじけているようにしか見えないが、練習の段階でそんなにいじけていてどうするのか。
告白や愛情表現なんて、最悪意中の人間の心に刺さればそれでいい。私の反応が悪いからと言ってそんなに残念がる必要は無いのである。
「……ストレートに言っても伝わらない場合は?」
「言い方が悪いんじゃない? 他の言い方試したら?」
黒野はまたまた考えて、その後に言う。
「土曜日、俺と出かけてくれ」
「ああ、いいんじゃない? より現実的な話になったね」
「はーーーー……」とここひと月で誰よりも長くため息をついていた。疲れているなら前途多難な恋愛はお休みして、休んだ方がいいのではないか。
そうすることで見えることもあると偉い人も言っていた。
「なまえ」
「はいはい」
「俺と、二人で、出かけてくれ」
「なに? なにがそんな引っ掛かってるの?」
「なまえが、俺と、二人きりで、出かけるんだ」
「ああ! デートまで予行演習するの? 用意周到だねえ」
「違う」
「違うなら私と出かける意味なんてなくない?」
「ある」
「嘘だ。ないよ」
「ある。絶対にある。返事はイエスか俺が無理やり引きずって行くかのどちらかだ」
自棄になったように私の肩を揺らしはじめた。予行演習ではないとすると、そもそも店をリサーチするとか、ああ、あれもあるな。「荷物持ちか! 別にいいけど」黒野は私の肩から手を離して、ため息最長記録を更新した。
「……もうそれでいい」
黒野は「はあ」と飽きもせずため息をついてから「土曜日、七時に迎えに行くからな」と言った。「早くない?」「モーニングさせてくれ。お前の家で」
……いや、おかしくない?
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20200906