大暴投と呼ばないで(4)


 こいつは普通じゃない。
 私は認識を新たに、寝ぐせの残る頭でどうにか着替えだけ済ませてその呼び出しに応えた。インターホンを鳴らし続ける黒野に殺意すら覚えながらアパートのドアを開けた。

「いや、なんで?」
「例のデートの件なんだが」
「いや、待て」
「食事に行こうと思うんだが。可笑しいところがないか見ておいてくれ」
「待てっての」
「なんだ」
「なんで直で家に来た? 電話とかメールとか昨日の内に言っておくとかあったよね?」
「……人間には、自分に合ったやり方というものがあると思わないか」
「ひょっとして、馬鹿か君は……?」

 黒野は私の質問に答えずに「食事に行こうと思うんだが、良く聞くだろう。食生活性の不一致で離婚だとか。別れるだとか」とおかしな造語を交えて話をした。言わんとすることは伝わったが、この男にはそんなことよりも直すべきところがある。

「俺の食事の仕方が一般的かどうか見てくれ」
「……飲み会で見た時はそんな変な事してるようには見えなかったけど」
「もっとちゃんと見てくれ」
「ちゃんとって言われても。箸の持ち方とか?」
「それは完璧だ」
「ところで君はどうして家に上がり込んでいるの?」
「何か食わせてくれ」
「図々しいもここまでいくと清々しいな……」

 なにがなにやらわからないが、黒野と一緒に食事をしたらいいらしい。それは百歩譲って気にしないとしても、私がここでラーメンを出したら、ラーメン店以外で私のアドバイスが役に立つことはないと思うのだが、それでいいのだろうか。「食べる予定のものを事前に食べるべきじゃないの?」と私が聞くと「足らないところは質問で補うから構わない」と嫌に自信満々に返事が返って来た。それはいいけど勝手に人の家の冷蔵庫を開けるな。煮物を温めようとするんじゃない。

「結構ちゃんとしているんだな」
「君は思ったよりも無茶苦茶するんだね」
「しかも全部美味いな」
「ありがとう。たぶん、美味しいって口に出すのはポイント高いよ」
「! 今の、良かったのか」
「人の家に許可なく来るのと冷蔵庫を勝手に開けるのと、人の三日分の作り置きご飯平らげるのは最悪だけどね」
「……これで三日分? 死ぬぞ」
「死にません」

 黒野は私がこれまた作り置きしておいたゼリーまでも発見したらしく、冷蔵庫の上の方を見ながら「デザートはないのか」と聞いて来た。
何故私はこんなに黒野をもてなさなければならないのだろうと思いながらも、洗剤やスポンジを勝手に使って私の食器まで片付けているので、良いと言う事にした。
 この男の作る波に逆らおうと思うと、とんでもなく気合が必要なので、今日はもうやめておく。おとなしく従っておく方が無駄な体力を使わずに済む。
 黒野は幸せそうな無表情でゼリーを食べながら言った。

「なまえなら、初デートはどこに行きたい?」
「え、どうだろう。別に、普通に食事とかが嬉しいんじゃないの?」
「やっぱり食事が正解か」
「普段作らないものを食べれると嬉しいと思うけどね、ハンバーガーとか、ラーメンとかお洒落なパスタとか、ピザとか」
「されると嬉しいことはあるか?」
「それは、どういう意味……、されたらうっかり惚れそうなこと?」
「そんなことがあるのか!」
「まあ、普通に、優しくされるのは嬉しいでしょう」
「俺は優しいか?」
「……」
「どうして黙るんだ」

「いや実に難しい質問だから」と私はゼリーの最後の一口を飲み込み、麦茶を飲んだ。黒野はじっと私からの質問の答えを待っている。

「優しくは、ないんじゃない?」
「……優しく、ないのか……?」
「えっ、そんな落ち込むこと?」

 人の予定のことも考えずにそう仲が良いわけでもない女性の家にずかずかと上がり込む男は優しいとは言えないだろう。それ以前に、弱いものいじめを公言する人間が、優しいと思われるのは、難しいのでは。
 と、私がそんなようなことを言うと、本気で落ち込みはじめたので、私は黒野の左肩をぽんぽんと叩いた。

「いや、まあ、その、好きな子にはね、優しくしたらいいじゃない。大丈夫大丈夫」
「お前を虐めたことは多分ない」
「……あるでしょ」
「好きな子程いじめたくなると言うだろう」
「嫌だわ! というか黒野が言うと洒落にならん」
「……洒落じゃないんだが」
「駄目! 絶対に! いじめるのはよくない!」

 黒野は渋々と言った様子でこくりと頷いた。「わかった」たぶんわかってないだろうが、細かく指摘するのが面倒くさくなってきた。

「あとは」
「まだあるの?」
「あるぞ。質問をリストにしてきた。進捗は二パーセントだ」
「常識があるやらないやらわからない男だよ本当に……」

 結局そのリストにメモされている質問を全部答えるのに夕方までかかり、腹が減ったという黒野とタコパをしてその土曜日は終了した。
 もう当分黒野の顔は見たくない。


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20200906

 

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