大暴投と呼ばないで(3)


 ぼうっと書類を見ながら歩いている私の肩を何者かが後ろからがし、と掴んだ。

「うわあっ!?」

 私は思わずばらばらと書類を廊下にばらまいてしまった。「今の声、良かったな。弱さが際立っていて」この野郎。私だと思って好き勝手やりやがって。私は書類を拾いながら、しゃがみもしない黒野の脛をばしばし叩いて抗議した。

「びっくり、する、でしょう、がっ!」
「びっくりさせたかったからな」
「やめなさいよそういうことするの……、好きな子にもやってないでしょうね……?」
「……駄目なのか」
「優しくしてあげないと面倒くさがられるよ、君は存在が既にめんどくさいみたいなところあるんだから」
「なんてことを言うんだ」

 いくら俺でも傷付くぞ、と言うので、はいはいと流しておく。いきなり驚かされるこちらの身にもなってほしい。いつものことなので気にもならないが、これのせいで書類を一枚失くしましたとかは洒落にならない。

「それで、わざわざどうしたの?」
「……実は、」
「はいはい」
「デートをしようと思うんだが」
「へえ! いいじゃん! 順調じゃん!」
「いいのか?」
「いいんじゃないの?」

「そうか」「いいのか」「そうか……」と何やら思うことがあるのか、唸るようにその二つの言葉を行ったり来たりさせている。
その内ちらりと私の顔を見て「はあ」とため息をついた。なんだそれは。人の顔を見てため息を吐くとは何事か。黒野はそのまま、落ち込んだような顔で言った。

「服がないんだ」
「なんて?」
「服がない」
「ないことはなくない?」
「デートに着ていくような一張羅はない」
「……実に黒野らしいね」
「ありがとう」

 褒めてはないんだよ。
私と黒野はいつもの会議室で待ち合わせて、休憩時間に合流した。
 私は私物のタブレット端末を持ってきて、雑誌読み放題のアプリを開く。普段、男性向けのファッション雑誌なんて読まないが、今日ばかりはしょうがない。まさか黒野にどんな服が似合うのか考えることになるとは思わなかった。

「まあ、無難にいくのが一番だと思うよ。普通に、どこにでもいるような、きちっとした感じの」
「抽象的すぎないか。なんのための雑誌だこれは」
「ほら、この辺、っていうかあれだったらマネキンが着てるやつ一式買って来たらいいよ。あとは店員さん捕まえてコーディネートしてもらうとか」
「なまえ」
「はい」
「お前はこういう格好が好きなのか」
「いや? 私はどっちかっていうともっとラフめな……」
「……なら、俺もそういう服を買う」
「え、いやいや、黒野は似合わない、いや、似合うのかな、わかんないけど、普通のでいいよ。性格が普通じゃないんだから」
「今なにかとても失礼なことを言わなかったか?」
「基本的に私は事実しか言わない」

黒野はきゅっと唇を引き結んで、私になにか言いたそうにじいっと見つめてくる。相変わらずなにを考えているか分からない顔だ。
今までこんなに近くで長く話をすることなどなかった訳だが、案外綺麗な目をしていることに気づく。こんな金色はちょっとないくらい、いい色だ。
黒野は不貞腐れたように私から目を逸らした。

「だが、お前はこれじゃない方が好みなんだろう」
「やめときなって、黒野はこっちのが似合うから」
「俺は好みを突いてメロメロになって貰いたい」
「突然面白いこと言わないで」

全く油断も隙もない。今日も彼の真剣な感情を笑い飛ばしてしまわないように気を付けるのが大変だ。笑うのは、帰ってからにするべきである。

「いや、冷静にいこう。そりゃあ人には好みがあるけど、好みの服で似合ってなかったら最悪だからさ。普通の服着て小奇麗にしとこうよ。センスいいなって思われるのはプラスだと思うよ。うん」
「そうか」
「そうだよ」
「なら、そうするか」
「そもそも、私は黒野の好きな人ではないんだから、私の好みに合わせてどうするの。黒野なんか混乱してない?」
「…………」

 嫌だなあ、と笑うが、黒野はずっと眉間に皺を寄せていた。
 こいつ、そもそもちゃんとデートに誘えているのだろうか。デートは誘わないとできないんだよ、と教えるべきか迷ったが、流石にデートがしたいと家に押し掛けることはないだろうと言わなかった。


-----------
20200906

 

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -