大暴投と呼ばないで(2)


 最近よく黒野と会う。
 会うと言っても会社の廊下や帰りに見かける程度だが、以前と比べたらよく話をするようになった。
「おはよう」だとか「眠そうだな」だとか、そんな簡単なやりとりから「今日はいい天気だな」とか「信じられないくらいに熱いな」みたいな話。それから「いつも自販機の前で悩んでいるがどれが一番好きなんだ」であるとか寝ぐせを指さして「キマってるな」などと言うのである。
 いつだか私が言ったことを忠実に練習しているらしかった。黒野の本気度愛をひしひしと感じながら、今日も自動販売機の前で会ったので「元気?」と聞いてみた。「それなりに元気だ」と黒野は言った。

「どうなの? 恋愛できてる? 進展あった?」
「……イマイチだ」
「あらら。そうなんだ」

 まあ、そう簡単にいけば、黒野がこんなにも悩んでいないか。と私は何か仲良くなるために良い作戦はないものかと考える。例えば共通の趣味なんかがあると話が早いと思うのだが、黒野の方の趣味がアレだからなあ。

「今日も相談に乗ってくれるか」
「ん? また私でいいの?」
「いいんだ」
「いっそ大黒部長とかの方が」
「正気か……?」

 そんなわけで、今日も休憩時間の間だけ会議室で黒野の恋愛についての方向性について議論することになった。参加者は黒野と私の二人である。

「なにか、プレゼントをするのはどうなんだ?」
「んー……なにをあげるの?」
「……指輪?」
「だから重いんだ君は。お菓子とかどう? あんまり高くないやつね」
「ブラックサンダーとかか?」
「極端な……、いや、なんて言うのかな、どうせ狙うならこう安過ぎず高すぎず、自分じゃギリギリ買わないものを貰えると嬉しいと思うんだけど……」
「普通に高い菓子じゃ駄目なのか」
「いやだから重たいし……、黒野にはむずかしいか。なら、普通に好きな飲み物あげるとか。その辺で買えるやつなら気負わなくて済むでしょう」
「この前、飲み物の好みを聞いたんだが」
「ほう! なんだって?」
「その日その日で違うから一番を言うのは嫌いだと言っていた」
「わかる! 私その子と仲良くなれる気がしてきた」

 黒野の女性の趣味は結構いいのかもしれない。いや、悪いのか? この際それはどちらでも構わない。
 黒野は極端だから、細かいことはできそうになかった。それならそれで、真っ直ぐに勝負をしたらいいと思うのだが、まあ、それは最後の手段にしておこう。できるだけ好感度を上げた方がいいに決まっている。

「プレゼントも駄目なら、そうだなあ。あ、お願い事をしてみるのは?」
「してみるのか? 聞くんじゃなくて」
「してみる方。人間って、お願いを聞いてくれる人を好きになるってイメージあるけど、実は頼って来る人をよりかわいく感じるみたいだよ。ギリギリその人の負担にならないお願いごとしてみるのはどうだろう?」
「そういうものか」
「らしいよ!」

 言いながら、また難しいことを言っているという気がした。ギリギリ負担になるとかならないとか、そんな微妙な線引きが黒野にできるかどうか。案の定黒野は眉間にきゅっと皺を寄せて難しい顔をしている。

「ギリギリ負担にならない」
「うんうん」
「頼み事……」
「そうそう」
「デートしてくれ」
「それが言えるなら小細工いらなくない?」

 私は椅子から転がり落ちそうになりながら、机にしがみついて続けた。

「もっと簡単なやつ」
「部長に呼び出されているから隣に居てくれ」
「ははは、絶対嫌」

 そんなん絶対とばっちり来るわ。私だったら走って逃げる。黒野は「具体案をくれ」と今回も切実だった。私は「じゃあ、小銭ないから百円二百円貸して欲しいとか、ボールペン貸して欲しいとか、そういうのなら負担にならないんじゃないの」と二つほど案を提供した。黒野は「なるほど」と言ったがその次には首を傾げて「そんなことで好きになってもらえるのか?」と至極真っ当な不安を口にした。少なくとも、大黒部長の前に引っ張っていかれるよりはマシだろう。
 後日、しっかり私で試し「どうだ?」と言うので「うん、負担にはならない」と答えておいた。負担にはならないが、黒野がやると淡々としすぎていてあまり頼られているという気もしないし、懐かれているという気もしない。

「ていうか裏がありそうで怖いからやめた方がいいかも」
「裏はあるだろう。好きになって欲しくてやるんだからな」
「下心が見えなすぎるのかなあ?」
「見えなすぎるのか」
「うん」

やっぱり本当のことを言う方が、彼には合っているのかもしれない。


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20200906

 

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