大暴投と呼ばないで(1)


 自動販売機の前で一人、なににするかと上段からゆっくり睨み付けていると、ぬっと隣に立った男がコーヒーのボタンを押した。「あっ」

「なまえ」
「ちょっと、私の百五十円」
「相談があるんだが」
「おい、百五十円を奪ってから言うセリフじゃないぞ」

 自分に都合の悪いことは全て聞いていないフリで、かしゃ、とコーヒーを開けて飲み始めた。いつ見ても自由な男である。まあ、この間も例の部長にこき使われているところを見たし、缶コーヒーくらい奢ってやるかと自分はもう百五十円自販機に入れた。
 アイスティーにするか、カフェオレにするか、いいや、酸味が欲しいしアセロラジュースにするか。私は再び悩み始めると「聞いていたか?」とがし、と頭を掴まれた。
 加減されているとは言え申し訳程度にセットした髪が崩れるのは困る。「痛い痛い」と言いながらやっと私はさっきから私にちょっかいを出し続ける男、優一郎黒野へ振り返った。

「聞いてるよ。なに?」
「聞いてくれるなら早く飲み物を選べ。さもないと俺と同じブラックコーヒーにするぞ」
「やめて。今一番気分じゃないからそれ」

 なんだか面倒なことを相談される気配を感じてより甘そうなミルクティーを選んだ。ここに詰め込まれた糖分で足りることを願いながら「で?」と首を傾げてみる。

「相談って?」
「好きな奴がいるんだ」
「あん?」
「好きな奴がいるんだが、どうやって仲良くなればいいのかわからないんだ」

 私は黒野の腕を掴んで「ちょっと落ち着ける場所に行こう」と引っ張って行った。残りの休憩時間を確認して、少人数用の会議室に黒野を押し込んだ。



 優一郎黒野と私は同時期に入社した、所謂同期というものだ。
 私と黒野との関係性はその一言に尽きる。すれ違えば挨拶くらいはするし、飲み会で会えば近況報告くらいの話はする。ただ、それ以外はなにもない。別部署だし、そもそも会う事自体少ないので、こんなものだろうと私は思う。が、黒野はこんな性格なので、割合に仲が良く見られることもある。
 会社ではどちらかといわずとも浮いており、最狂だの死神だのと物騒な通称のある男だ。弱い者いじめが好きというとんでもない特殊性癖は会社内外に知れ渡っている。
 そんな男が。

「恋をしてるってこと?」
「そういうことになる。どうしたらいいと思う?」
「恋愛相談を私にしてるってこと?」
「それ以外になにがあるんだ」
「いや、人選間違えてないかと思って」
「間違えていない」

 これは大変に面白いことになっている。何かの冗談かとも思うが黒野は真剣に「なにかアドバイスはないか」と聞いて来るので私も及ばずながら真剣に話を聞くしかない。いや本当に、この男が恋、とは。うーん。笑うのは帰ってからにしよう。

「アドバイスって言ったって、どんな状況なの?」
「状況?」
「現状どんな感じなの? まさか全く喋れないってわけじゃないでしょう?」
「そうだな。会えば挨拶くらいはするし、飲み会で一緒になれば近況報告をする程度には、話をする」
「なんだ。じゃあ、怖がられてたりはないんだね。よかったよかった」
「怖がられてはいない。最初から、怖がらないんだ」
「そっかそっか。いいじゃん。ってことはあれか、他部署の女の子なんだ? あれ? 女の子だよね?」
「他部署で、女だ」
「はあ。じゃあ、あんまり話することないんだね。普段は」
「ああ。だから、仲良くなりたいんだが」

 私は真面目に「なるほど」と頷くが、そう切実に「仲良くなりたいんだが」と言われると笑ってしまいそうになるのでやめて欲しい。いや、人が真剣な時に笑うのはよくない。黒野も、何を思ったか私を信頼して相談しているのだから、できるかぎり力になりたい。

「お前ならどうする?」
「んー、でも、別部署なのはどうしようもないしなあ。できるだけたくさん話しかけて、たくさん会うしかないんじゃないかな。ほら、毎日一回会うだけでも、ふと会わない日は今日はいなかったなって気にすることもあるだろうし」
「それは、迷惑じゃないのか」
「仕事中に話し掛けられたらそりゃ迷惑だけど、挨拶とか、廊下で立ち話するくらいなら別になんてことないんじゃない?」
「立ち話って、何を話すんだ」
「聞きたいこと好きに話したら?」
「好みのタイプ……」
「重たいなその話題……。もっとこう、天気の話とか熱いとか寒いとか、今日の仕事の話とか、最近あった面白いこととか、あるでしょう。あ、その子のファッション褒めるとかもいいんじゃない? まったく知らない人に言われたらあれだけど、なんか既にそれなりに仲いいみたいだし、セクハラにならない程度に」

 黒野はじっと私を見つめて、今私が喋ったことを咀嚼しているようだった。ぶつぶつと「天気の話題、気温の話……?」と呟いている。今にもメモをしはじめそうだな、と見ていると、ポケットからメモ帳とボールペンを取り出して本当にメモしていた。これは相当本気だぞ……。とうとう笑えない雰囲気になってきた。
 いやそれにしても、この黒野が、ここまで好きになる相手か。誰だろう。事務のあの子もかわいいし、広報課のあの子も美人だなあ。

「ところで、どういう子なの?」
「優しい」
「へえ。優しいのはいいことだ」
「今日も、缶コーヒーを奢ってくれた」

 へえ。
 こんななんでもない日に缶コーヒーを奢ってくれるなんて、既に黒野に気があるか、無意識にそういうことができてしまう鈍感な子か、どちらかなのだろうなあ。


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20200906:誕生日おめでとう

 

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