君をあいする一番の方法


「たまには外食しないか」

と、大黒部長は言い、私に「何が食べたい?」と聞いた。私は例のごとく、お金を出して食べるのなら食べた気がするものがいいので「辛い物ですかね」と答えた。大黒部長は嫌な顔をすることはなく「範囲が広いな!」と笑っていた。
ひとまずは二人で町に出て、適当に選ぶか、と部長は言った。

「カレーはどうだ?」
「いいですね、お店のカレーは辛さが調節できるから」
「なら、カレーにするか?」
「いえ、そういえば私あれが食べてみたいです」
「どれだ?」
「汁なし担々麺」

お昼のテレビで最近気に入りの俳優が好きだと言っていたからだった。普段の私からは出てこない食べ物の名前に、大黒部長は「よし」と言った後に「なにか理由があるのか」と聞いた。鋭い人だ。一瞬、理由を誤魔化すべきか迷うが、結局「お気に入りの俳優が」と喋ってしまった。
あからさまにむっとはしないまでも、面白くなさそうに「そうか」と言うので、私はつい笑ってしまった。

「どうして笑うんだ」
「大黒部長は私が思ったよりずっと可愛い人だと思って」
「俺にそんなことを言えるのは君くらいだ」



店に入ると、どれにする? と大黒部長はメニューを私の方に向けて開く。
私は汁なし担々麺初心者なので、普通のやつでいい、が、辛さが十段階選べるらしい。おすすめは二、と書いてある全く駄目な人はゼロもできるようだ。

「どうしますか」

と店員さんに聞かれて、私は「じゃあ十で、」と答えると大黒部長に「ちょっと待て」と止められた。「五くらいにしておけ」

「なんでですか? 大丈夫ですよ。私出てきたものは絶対に残しません」
「それはそうだろうが、限界に挑戦することはないだろう。五で充分痛みを感じるくらいだよな? そうだろう?」

大黒部長が店員のお兄さんに聞くと「そうですね、三でも相当ですよ」と笑っている。

「わかりました」
「わかってくれたか」
「十で」
「なにもわかってないじゃないか」

店員のお兄さんはにこやかに待ってくれている。暇なわけではないだろうに申し訳ない。私は少しむっとして「いいじゃないですか。大黒部長に食べろなんて言いませんよ」と煩わしいという感情をそのまま顔に出してしまった。「それに、汁なし担々麺ってことは足されるのは山椒でしょう? 大丈夫ですよ。別に体に悪くない」「刺激物には違いないだろう。おとなしく五にしておけ」「はい……」渋々了解すると、お兄さんはとうとう噴き出していた。
お兄さんの背中を見送りながら、ぽつりと言う。

「十が良かったな」
「そこまでする必要はない」
「いいじゃないですか」
「腹が痛くなっても知らないぞ」
「なったことないですよ」
「今度はなるかもしれないだろう」
「なりませんよ」

まずい。言い争いにみたいになってきた。嫌な雰囲気にはなりたくないのだが、私は口出しされたのがよっぽど嫌だったのか、勝手に決められたのがムカついたのかすぐには収まりそうにない。

「それに、十なんて、辛い以外の味がしないだろう」
「いいんですよ。辛い以外わからないんだから」
「わかるかもしれないだろう」

わかるかもしれない? 適当なことを言うなと噛みつきそうになった。けれど、お互いに怒っているということは、お互いに、わかってもらえないことが悲しいのかもしれない、とも思う。
しかし、だからこそ、触れるべきでないことも――、

「次に口に入れたものは、ちゃんと、辛い以外の味がするかもしれないだろう」

次。
考えたこともなかったので、私はぽかんと口を開ける。

「突然失ったものは、突然戻っても、おかしくはない」

大黒部長はもっともらしくそう言った。そう言われればそうだけれど、毎回、次の食べ物に期待をかけるというのは、それは。
私は、あの人が死んでしまってからはじめて飲み物を口にした時のことを思い出す。お茶だった。なんの味もしなくて、薄いだけかと思いながら飴を舐めたが、何の味がするのか全く判断できなくなっていた。
今日は体調が悪いだけ、その次の日も、それから次、一週間くらいは認めなかった。
「次に口にいれたものは」大黒部長の声が頭の中で繰り返される。
やっぱりそうだ、と確かめる毎日ではなく、次こそはと希望を持つ方へシフトする、部長はたまに、とんでもなく楽観的なことを言う。

「……次は?」
「俺はいつもそう思っている」
「……期待してもらっても、自分じゃ」
「違う、別に君を責めてるわけじゃ、いや、急かしているか……。そういうわけじゃないんだが、難しいな……」

正直、私の味覚が戻らなくても、部長に迷惑は、ここまで思って、一切料理の味見ができていないことを思い出す。

「ひょっとして、料理不味いですか」
「不味いわけがないだろう」

その言葉が本当かどうかも、自分で確かめる術はない。他の人間に試食させるとか、第三者を巻き込まなければならない。
迷惑はかかるのだ、と思うと、途端に申し訳なくなった。私がやや暗い思考に入ってしまったことを見透かされ「悪い」と大黒部長は言った。部長が謝る必要はない。現状どうにもならないことに焦ったり気を揉んだりしてもしょうがないのだ。
私はできるだけもう何も気にしていないという風に笑った。

「いえ、嬉しかったです。そうですね、次、食べる物は、味がするかもしれませんね」

うんうんと頷いて、出されている水を飲んだ。
しばらく無言で料理を待っていたが、大黒部長があまりに真剣な顔をしているので、こっそりと訊ねる。

「どうしたんですか。深刻な顔して」
「今の、重かったか」

何を言うかと思えば。
言いすぎたかもしれない、過干渉だったかもしれないと反省していたらしい。

「部長はいつも重たいですよ」
「なんだと……?」

それは一体どういうことか。どこがどう重いのか。負担になっているなら教えてくれ。大黒部長があまりに真剣な顔で言うので、私は笑って誤魔化しておいた。
でも、私はそういう部長が好きですよ。

「……なまえは俺が思っていたよりずっと小悪魔だな」

これで大抵は誤魔化されてくれるのである。


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20200831番外編。
気が向いたらまたこの二人書きたいですね…。

 

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