28日:君をあいする一番の方法


夢か、というような事が、今月に入ってからよく起こる。
なまえの家にあがらせてもらう前に、もう一度あの男から来た予言のような手紙を開いた。
手紙は「まあ、なんだかんだあるだろうが、お前らは上手くいく」と締められていた。
お前らは上手くいく。
その道はもう残されていないが、あの男の言葉であるからだろう。何度見ても、何とかなるような気がした。

「今週もお疲れ様でした」
「ああ。そして君は、最終出勤日だったな」
「無責任なことをして、ご迷惑お掛けしてます」
「いいや。本当なら去年こうして辞めていてもおかしくなかったんだ。よく頑張ってくれた」

大黒に構われるのは精神衛生上良くないのかも知れない、と思ったが、それこそ始めのうちは話しかけると、なまえの周囲に燃え立つような何かがあった。
それが憎しみや殺意や、負の感情であったのは確かで、それを見る度に、大黒は安心したものだった。なまえはまだ、生きている。あとを追いかけて死んでしまうようなことは無さそうだ。と。

「それなりにしかやってませんよ。まあ、食べて下さい。久しぶりに、気合を入れて作ったので。レシピの分量と寸分たがわないので、不味くはないはずです」
「君の料理ならまずかろうが毒が入っていようが食べると思うがな」

なまえは静かにそっと微笑んだ。
大黒はその笑顔の裏側についてはよく考えをめぐらせた上で料理に口をつけた。なまえが言った通りに普通に美味い。飲み込んでみても、なんの違和感もない。好意だとか愛情だとか、そんなものが随所に光る、きらきらとした料理達だ。
数日間、灰島からいなくなるまでの間、事件のこともあの男のことも忘れる、と彼女は言って。その通りに振舞っていた。
だが、本当に忘れた訳では無いはずで。

「いいのか。俺を殺さなくても」

なまえは顔を上げて、まじまじと大黒と目を合わせた。二人はしばらく真剣な顔で見つめあっていたけれど、なまえがその内、ふ、と笑った。

「今となっては、殺せませんよ。大黒部長が好きですからね」
「なら、質問を変えるか。俺を殺さなくても良かったのか」

事件の直後、あるいは、そういう意味で好きになってしまう前に。亡き者にしておこうとは思わなかったのか。思わなかったはずはない、と大黒は考えている。
しかし、大黒の考えに反して、なまえ左右に首を振る。

「私は灰島に入った時から、部長のことが好きでしたよ。まあ、意味合いがちょっと違いますけど」
「……趣味が悪いな」
「趣味が良いって、言ってください。それに、事件が起こった後に殺したって何も帰ってきません」
「事件の前なら?」
「そんなことは誰にも分かりません」

ぴしゃりと言い切るなまえの目には一点の曇りもない。あたたかい光だけを湛えて、自分の作った料理を口に運んでいる。「これ、美味しくできてます?」と自信がなさそうに笑った。

「美味い。嫁にしたいくらいだ」
「それならよかった」

本当に、それならいい、という顔で笑うので、大黒は胸が締め付けられるような気持ちになりながら、なまえの前に小さな箱を差し出した。中身は指輪だ。付けてやる資格はないので、箱のまま渡す。

「これを」

なまえが中身を確認した。「高そう」という身も蓋もない感想だったが、その通りだ。デザインなど度外視で、店で一番高いものを選んだのだからその所感は限りなく正しい。

「困ったら売って金にしてくれ。これはそれだけの物だ」
「……つけてくれます?」
「これは最近わかったことなんだが、黒野程ではないにしても、君は結構人をいじめるのが上手いな」

言いながら、指輪を台座から外し、なまえの左手の人差し指につけた。「ありがとうございます」となまえは暫くその高そうな(実際とても高い)指輪を見ていた。
それから「そっちに行ってもいいですか」とまた、大黒を骨抜きにするようなことを言い、返事を聞く前に大黒の胸へと飛び込んだ。
もちろん、それを避けるだとか拒否するだとか、そんなことはできない。できないのだ。

「なまえ」
「はい」
「なまえ、」

はい、と、胸の中から返事がある。

「好きだ。君が欲しい」

八月二十八日、宅飲みという約束だったが、半分も飲まないうちになまえに覆いかぶさった。気が変わって、一生隣にいたくなってくれないだろうか。隣じゃなくても、目の届くところに。
常に、身勝手な願いをぶつけていた。
後のことは、どうにだってしてみせるから。


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20200828

 

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