26日:君をあいする一番の方法


仕事が終わったら、どこか行きませんか、となまえは言い、大黒はやや調子を崩されながらもいつも通りの笑顔で「もちろん、お供しよう」と頷いた。
黒野に見られて「どういう風の吹き回しなんだ。とうとう大黒部長を殺すのか」と言われた。「ううん。残り少しだから」だからなんだという話なのだが、黒野はなまえの言わんとすることを理解したようなしないような顔をして「そうか」どどこかへ行ってしまった。
退社の件を話すと、「いなくなるのか」とほんの少しだけ寂しそうにしていた。案外友達甲斐のある男である。

「大黒部長、あそこのアイス、結構美味しいんですよ」
「晩飯もまだなのに早速アイスなのか?」
「ジャブみたいなもんです」

く、と左腕をこちらに引くと、大黒は素直にこちらに寄ってくれた。この時期、夕方とはいえまだ腕を組んで密着すると暑いけれど、やめろとは言われなかった。ただ、大黒はまだ慣れないようで時々繋がっている部分を確認している。

「部長も食べますか」
「俺は君のを少し貰えればいい」
「じゃあ、それで。好きなの選んでください」

私は味、わからないから。とはわざわざ言わない。冷たいものが口に入る。どれを選んでも同じだ。それはつまり、食べる必要は無い、ということでもあるのだけれど、なまえは「適当なやつ食べましょう」と大黒を誘った。

「君はどれが好きだったんだ」
「私はあの、めちゃくちゃ全部混ざってるやつあるじゃないですか」
「あるな」
「あれが好きでよく食べてました。ただ、早く食べないと全部混ざって溶けて酷い色になるんです」
「時間との戦いだな!」

大黒の言葉になまえは「はい」と頷いた。「なら、それにしよう」メニューを見上げていた大黒がなまえとそっと目を合わせる。「君の好きなものを、俺も食べてみたいからな」模範解答だな、となまえは思ったが、しかし、大黒は本気で言ったようで、本当にそのアイスを頼んでいる。
この日だけなら、なんて適当な、と思っただろうが、かれこれ一年間もこの態度を崩さない。
大黒と目を合わせると、その野心に満ちた目が言うのである。君のことを教えてくれ。大丈夫か。何かあるなら何でも言ってくれ。言外に、そう言われると、なまえは堪らないような気持ちになった。
年季が違う。
一年前、あるいはもっと昔から、好いてくれていたのだろう。なまえが一日二日で追いつけるようなものでは無い。
夕飯も、結局なまえが昔よく行っていた店でということになった。大黒は「君は趣味がいいんだな」と褒めることを忘れないし「なるほど、美味いな」と笑うのだった。

「すいません、明日も普通に仕事なのに、連れ回して」
「いいや。俺は人生で一番くらいに楽しかったよ」
「……それは誇張っぽいですね」
「ハッハッハ! そうでもないんだが。君はどうだ? 楽しめたか?」

家までしっかり送り届けられて、店の支払いは全部大黒だった。なまえがどれだけ「私のわがままに付き合って貰ってるんですから」と言っても「最後まで格好付けさせてくれ」の一点張りであった。

「楽しかったです。楽しかったですよ、大黒部長」
「そうか」

「それならよかった」大黒はなまえの頬をそっと撫でた。
なまえは「部長」と一歩大黒の方へ寄り、ぱしぱしと手のひらで肩を叩いた。「ん? なんだ?」「ちょっと屈んでください」ゆっくりと屈む大黒が背伸びをしたら届く距離まで来ると、なまえはぱっと顔を近付け、唇の横にキスをした。

「ありがとうございました。またあした」

八月二十六日、呆然と佇む大黒に背を向けて、明日はどうしようかと考えをめぐらせた。


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20200826

 

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