24日:君をあいする一番の方法


手紙は、大黒へ、と簡素な言葉で始まっている。
なまえの恋人は、大黒にとっても知己であった為、恐らく、なまえと同じかそれ以上の交流があった。
これは、死人から来た手紙である。
大黒が頼んだ仕事について、あの男は、かなり危険であると判断し、死ぬ可能性すら考慮し、事前に書いていたようだ。爆発事故で死んだ、その一月後に大黒宛に手紙が届いた。
この手紙を読んでいるということは、きっと自分は自分の予想通りに死んだのだろう、とはじまり、以下は現在のなまえの状況についての予測だった。
恐らく、三日程で会社には出て来て仕事をしているだろう。
その通りだった。なまえは周囲の人間に心配されながら、仕事をこなしていた。
仕事に支障はないし、なんならより成果をあげているかもしれない。
正解だ。
けれど、顔色は常に良くないし、目に見えて痩せていく。
この頃は昼休みになるとふらりとどこかへ出て行って、一人でぼうっとしていた。彼女のことが気がかりだった大黒は、よくその様子を遠くから見守っていた。会社の屋上に上がって行った時は冷や冷やした。今にも、飛び降りてしまいそうだったからだ。
気にしてやってくれ、と書かれていた。
言われなくても気にしていた。
人懐っこい笑顔を思い出す。なまえに作って貰ったのだと言う弁当を大黒に見せながら「いいだろ」と。「けど、なまえみたいな奴は、本当は大黒みたいな奴の隣に居た方がいいのかもしれない」大黒は「なら俺にくれるのか」と言った。くれるわけはないと思っているし、実際答えは「いや、やらねえけど」だった。「ただ」

「ただ、もし、俺が早々に死ぬようなことがあれば」

最後までは言わせなかった。大黒もその男も無能力者だ。今この瞬間に焔ビトにならない保証はない。「馬鹿馬鹿しい」と吐き捨てた。
手紙には、夏の長期休暇の旅行の計画のことも書いてあった。
初日はこうして、次の日はここへ行って、宿はここ。この間は自由だが、きっとなまえはこうするだろう。その予測は寸分違わず当たっていて、未来へ行って見て来たのではないかと思うくらいに正確だった。
まるで予言の書である。
なまえは違和感を感じていたようだが、おそらく、快適だったのではないかと思う。当然だ、あの旅行プランは一年前、あいつとなまえとが練ったものなのだから。
ただ、酷かもしれないとも思っていた、否が応でも、あいつのことを思い出したことだろう。
だと言うのに、隣に居るのは大黒なのだから。
溜息を吐くと、執務室の椅子に全体重を預けて天井を見つめた。
大黒とあの男は全く同時期になまえに目を付けた。
すなわち、なまえが灰島の入社試験を受けに来た時だ。
二次試験、グループでレポートを作らせた。ある商品に対するマーケティング戦略についてのレポートだった。完成したものから見せに来るように、と、そういう面倒な仕事に上司役として、大黒とその男とは駆り出されていた。大黒はできることなら出来の悪い書類など見たくもなくて、一番最初に来たグループを徹底的にへこませた。
故に、以降大黒の周りだけは静かなものであった。
だと言うのに、だ。

「これ、見て下さい」

そう言いに来たのがなまえだった。「ほう」あれを見せてもまだ自分のところに来るのか。と書類を受け取り、一ページ、二ページと目を通し、半分も確認しない内に付き返した。「ゴミだな」と笑う俺に、なまえは「二ページ目の、この戦略が現実的じゃないからですか」と一切怯む様子はなく。そんななまえを面白く思ってしまって、つい、一緒になって討論をしてしまった。グループの奴らは口を開けて突っ立っていた。
レポートが完成した後、会場から帰ろうとしたなまえに声をかけた。「お前、」

「どうして、わざわざ俺のところに来たんだ?」
「……一番空いてました」
「ははぁ、思ったより失礼な奴だな」
「最初のグループに対してのコメントも、的確だと思って」

失礼します、となんでもないみたいに去って行った。楽しみな新人だと思っていた。
誰よりも楽しみにしていたのに、配属先は大黒の下ではなく、あいつの下で、いつの間にか仲良くなって、いつの間にか結婚の約束まで取り付けていた。
なにが、俺にはなまえのような奴がいい、だ。

「大黒部長」

ぐっと伸びをした瞬間に名前を呼ばれて、椅子から転げ落ちそうになった。
一体何時からそこに。
なまえは「すいません、呼んでも返事がなくて」とさらりと答えた。そして、大黒のデスクの上にそっと弁当を置いた。

「よかったら食べて下さい」

「味は多分、大丈夫なはず」照れたように頬をかいて「では」と頭を下げて去って行った。驚きすぎて引き留めることすらできなかった。大黒はなまえが置いて行った弁当と、去って行った方向とを交互に見て、彼女の考えることがまったくわからない、とため息を吐いた。
八月二十四日、彼女はあと四日で灰島からいなくなる。


-----------
20200824

 

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -