22日:君をあいする一番の方法


黒野は、意味があるかはわからないが恩を売るべきと考えて早々に撤退した。
大黒はいつもと様子の違う、まるで爆発物のようななまえとまだ飲み続けていた。黒野曰く「限界が来たら寝る」らしい。そうなればあとは家まで送るだけだ。
連れて帰ってしまうというのも、悪くはない。
なまえは先ほどまで延々と「スーツが高そうなのがムカつく」だとか「細すぎて気持ち悪い」だとか好き勝手に大黒への印象について喋っていた。どこからどこまでが本音なのかわからない、ということにしておく。
今はやや収まっていて、無言で日本酒を煽っている。とても眠そうで、今にも居酒屋の机の上でぐったりと眠ってしまいそうな。

「あっ」

なまえは力が抜けるように机の上にぐったりと頬をつけた。

「……大黒部長」
「ど、どうした? まだ何かあるのか?」

真正面から毒を吐かれて既に立っているのがやっとなのだが、なまえが自分について何か話すというのなら聞かないわけにはいかない。普段のなまえはこちらには無関心を貫ている。何もないようにと努めているのだ。それが、悪態であれこうも感情を見せてくれるのなら、受け止める。かなりの深手を負うが、それでいい。

「しんどいんですけど」

飲み過ぎた、とか、食べすぎたとか、そう言う感じではない。大黒はなまえに頭を向けられているため、顔の方へ回る。「っ」なまえはゆるく目を閉じて、静かに涙を流してた。

「ほんと、きつい」

ハンカチでなまえの目元を押さえる。「ああ」彼女の弱音をはじめて聞いた。一年前恋人が死んだ時でさえ、人前では泣かなかったのに、最近、彼女の涙をよく見る気がする。これは俺の役目ではないのだろうと思いながらも、なまえの頭をそっと撫でる。

「どうして、放っておいてくれないんです」

「どうして」となまえはうわ言のように繰り返す。もうほとんど意識はなさそうだった。夢と現実との間で、今、頭を撫でている手のひらが誰のものかもわからないまま。

「好きだからだ」

なまえがすうすうと寝息を立てはじめてから抱え上げる。起きる様子はない。耐えられなくなってぎゅうと抱きしめた。満たされていく。反面、触れたくて堪らない気持ちが後から後から湧き出して、どうにもならなくなりそうだった。

「君が、好きだからだよ」

半端なことばかりしている自覚はある。何故そうなってしまうのかと言えば、ひとえになまえへの好意が実に様々なところへひっかかるからである。
やろうと思えば、口八丁手八丁で手籠めにすることもできる。力で押さえ付けて手元に置いておくこともできる。そうすることできっと、一貫性が取れるのだと理解はしている。
だが。

「悪いな」

八月二十二日、期待しているわけではない。万が一があるとも思っていない。けれど、そうして無防備にされたり、自然に返事が返ってくることが、堪らなく嬉しい。「許さなくてもいいからな」ここぞとばかりに彼女のあたたかさを堪能してから、家まで送り届けた。


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20200822

 

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