21日:君をあいする一番の方法


騙される、というのはこういうことを言うのだと、なまえは息を吐いた。
やっていられない。

「ああ、なまえ。そんなところで突っ立っていないで隣に来い」

居酒屋の一室、黒野に連れて来られた店には、大黒が待ち構えていた。これはつまりそういうことである。なまえは大人しく大黒の隣に座り「すぐ帰りますからね」と宣言した。「俺が送ってやるから安心して飲め」なまえは黒野をちらりと見る。思い切り目を逸らされた。きっとなにかで買収されている。
壁役を徹するつもりなのか、じっと座ってメニューを眺めている。「黒野、適当に頼んでおけ」「わかりました」と、しかし、買収はされているのだろうが、黒野は一生懸命少しでも高いメニューを探しているようでもあった。心まで売り渡していないようでなによりである。

「なまえも食べたいものがあればなんでも頼んでくれ。ここは俺の奢りだ」
「……黒野、私そっち行ってもいい?」
「駄目だ。俺はいないものとしてくれ」

すっと立ち上がって注文をしに行ったのだろう。しかし、なかなか帰って来ない。なんなら飲み物と料理が先に来た。あの野郎先に帰ったんじゃないだろうな。
私も帰ってやろうか。怒りがゆっくり湧き上がって来た時、黒野が戻ってきたので三人で乾杯をして適当に料理をつまみはじめた。

「なまえ、このサラダ、信じられないくらい赤いぞ」
「ありがとう。食べる」
「なまえ、日本酒も飲んだらどうだ」
「飲みます」

「いただきます」とサラダを食べる。舌がぴりぴりとするのを感じる。大黒も同じものを食べていた。平気な顔をしているので、カレーパン程辛くはないのだろう。
なまえがそうやって大黒を見ていることに気付いて、大黒は照れているのかもう酔っているのか頬を赤くして胸を張る。

「辛い物にも大分慣れたぞ」
「部長、結構意味のわからないことをするんですね」
「黙れ黒野。これは、なまえと同じものを食べる為に必要な行程だ」
「だそうだぞ、なまえ」

飲まなければやっていられない。
私は何も聞かなかったフリをして「他にも辛いやつ来る?」と黒野に訊ね、合間でアルコールを摂取し続けた。
黒野が、なんだか高い肉を頼もうとして断られていた。が、私も食べてみたいというとあっさりオーケーが出た。黒野に食わせてどんな味がするのか尋ねると、一切れ口に放り込まれる。今食べたのは何かわからないくらいに柔らかかった。こういう驚きがあるのなら辛い食べ物でなくてもいいかもしれない、とやや感動した。
黒野は私の味方になったり部長の下僕になったりしながらずっと同席していた。
ただ、そこから先のことは、あまりよく覚えていない。



「そもそも、その髪型、なんなんです?」

八月二十一日、「あ」と何かを思い出したように黒野が言った。「そういえば、なまえはとんでもなく酔うと毒と本音とを交互に吐き出すようになります」そう言う事は早く言え、と大黒も文句を言おうとしたのだが、なまえにネクタイを掴まれてそれどころではなくなった。

「ねえ、聞いてますか」
「き、聞いているとも。君の言葉は漏れなく全部な」

「はッ」となまえは大黒の言葉を一笑して吹き飛ばし、次の酒へと手を伸ばした。


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20200821

 

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