20日:君をあいする一番の方法


若干緊張しながらインターホンを押した。
なまえからの返事があって、ぱたぱたとこちらに走ってくる音がする。
目の前のドアがなまえの手に寄って開けられる。一瞬、きょとんとこちらを見上げる顔には油断していましたと書いてある。大黒としては、いつもそうして油断していてくれてもいいのだけれど。

「おはよう。なまえ」
「……おはようございます」
「迎えに来た。仲良く出勤といこうじゃないか!」
「私、カレーパン買わなきゃいけないので」
「そう言うと思ってな。もう買ってある」

なまえはじっと大黒の手元を見つめて、それから「わかりました」と言いながら息を吐いた。
身支度は済んでいたようで、大人しく、そしてやや緊張した様子で助手席に座った。今更固くなる必要もないと思うのだが、なまえにとっては無防備に、敵地に座り込むようなものなのかもしれない。

「今日も暑いな」
「はい」

当然のように会話が弾まない。もとより朝はあまり得意ではないみたいだから、余計に口数も少なくなっているのだろう。けれど、なまえからはわかりやすい嫌悪感だとか、そういうものは感じない。ただ無表情でそこにいる。
大黒は一瞬喉に違和感を感じて小さく咳をした。

「……」
「ああ、大丈夫だ。風邪を引いてるってわけじゃあない」

うつることはないから安心してくれ、と言った。なまえはそれに対して返事をせず、鞄から個包装ののど飴を二つほど取り出してドリンクホルダーの中に入れた。ミントが強めのものだ。彼女の愛用品なのだろう。「よかったら」と。

「部長こそ、休んだ方がいいんじゃないですか」

彼女にはひどいことをした。ひどい、なんて言葉では足らないくらいのことをした。
だと言うのに、彼女は大黒に恨み言の一つもなく、やや不愛想ではあるが、呼ばれれば遅れてでも返事をするし質問には大分ズレていても答えている。
こんなことだから、と大黒はどこへともなく言い訳をする。
こんなことだから、俺は、つい半端なことをしてしまう。

「もしかして、足りませんか。二つじゃ」
「いや、」

一瞬満ち足りたけれど、すぐに足らなくなる。もっと、と手を伸ばしてしまいそうになる。なまえは望むものをくれるのではないか、何もかも忘れてそう考えてしまう。だからこれは、本当であり、嘘だ。
満たされない気持ちを笑い飛ばす。

「今、何もかも吹っ飛んだ。大丈夫だ」
「飛んだ?」
「飛んだな」

飛んだ、と彼女は繰り返して、飴の袋を鞄の奥に押し込んだ。

「それなら、よかったです。部長が倒れたら、困る人がたくさんいますから」

八月二十日、君も困ってくれ、と無茶苦茶な要求をしてしまいそうになったが、ぐっと口を閉じていつもの笑顔を作りあげた。


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20200820

 

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