19日:君をあいする一番の方法


「……ごめん」

黒野の顔を見た瞬間、なまえはそう謝った。
今日は黒野が見舞いに来た。これはたぶん、自主的に来たわけじゃないのだろう。確かに仲はいいが、頼んでもいないのに看病に来てくれる程の仲かと言われると微妙である。頼まれれば行くし来るのは、そうだと思うが。
なまえの謝罪に、黒野は無表情で「いや」と首を振った。
がさ、となまえに買ってきたものを手渡す。

「部長に行けって言われた?」
「ああ」
「別に無理することないのに……」
「気にするな。業務の一環だ。この後報告もある」
「お疲れさまです」
「元気そうだな」
「まあ、その、おかげさまで」

なまえが思ったより弱って居なくて、良かったやら悪かったやら、という様子だ。黒野はしかし、手伝うことなどなにもなさそうだと判断して、適当なところに腰を下ろす。
実際二日も休めばかなり回復する。
もう熱はないし、元々風邪ではないから咳が出たり、ということもない。
なまえは折角来たのだからとお茶を勧めたけれど、黒野は「そんなもの貰ったと知れたら部長に何を言われるかわからない」と断った。

「重ねてごめん」
「いや、俺は面白いものが見られたからな。気にするな。今度肉でも奢ってくれ」
「りょうかーい……」

「あ、これも大黒部長にバレたら面倒か?」と少しの間黒野は悩んでいた。けれど三秒後には「まあいいか」とけろりとしている。大黒のことを気にしているやらしていないやら、わからない態度だった。いつものことか、となまえは黒野に旅行土産をいくつか持たせた。

「部長は『本当は俺が行きたいんだが』と言っていたぞ。顔は笑っていたが悔しそうなところが大変愉快だった」
「ああ、はいはい……、ん、それが面白いもの?」
「いや、これは違う」
「じゃあなに?」
「面白かったのはあれだ」

「あれ?」となまえが首を傾げると、黒野はその面白い様子を思い出したのかにやりと笑った。

「あの部長が何かを言いかけてやめるんだ。それも何度もだぞ」

必要以上に触れるなだとか、あまり長い時間居座るなだとか、やることだけきっちりやって来いだとか、まあそんなことを言いたかったんだろうな。珍しく顔に書いてあった、と黒野は満足そうに鼻を鳴らす。
大黒は持ち前の情報収集能力で黒野となまえの仲が良いことを知っている。「部長は、気晴らしになればいいと俺を来させたんだろうな。心底不本意そうだったが」肩を震わせて笑いを堪えている。これはこれで珍しいのだが、なまえはその様子が簡単に想像できてしまって溜息を吐いた。
難儀なことだ。

「ところで、報告しなければならないから俺は何かしらやったことにさせてくれ」
「なにを?」
「そうだな……、カレーを作って食わせたとか」
「それ怒られない?」
「体を拭いたとか」
「それも怒られない?」
「寝苦しそうだったので添い寝をしたとか」

わざとやっているのかもしれない。
黒野はなまえの反応も楽しんでいるようだ。面倒でイレギュラーな仕事を押し付けられたというのに、楽しそうでなによりである。

「掃除とか片付けとか手伝ってくれたことにしておいたら?」
「無難だな。ちょっとぐらい部長をからかってやりたかったが」
「そういう目的があるならどれでもいいと思うけど」

黒野がじっとなまえの目を覗き込んだ。探るような目つきだ。

「お前はそうは思わないか? ちょっとくらい、からかってやりたいような気持にならないか」

お前が一口乗ってくれるとやりやすいんだが。と黒野は無表情のままで言った。そんなものいくらでも乗るけれど、なまえはできれば、大黒と関わり合いになりたくなかった。
一年前からずっとそうなのだ。
彼の考えることが読めない。
手籠めにしたいなら恨まれるような暴露などするべきじゃなかった。いや、その暴露があったから、なまえは最近まで大黒の態度はただの悪ふざけだと信じて疑っていなかったわけだが。本気だとすると説明がつかなすぎる。
考えていると、ずき、と頭が痛んだのでなまえはゆるりと首を振った。

「私はいい。黒野が適当に楽しんで」
「そうか。わかった」

八月十九日、大黒の指示の通りに買い物をしてきたかと思えば、なまえがいつも食べているカレーパンが一番下に押し込められていたので、黒野は黒野なりに心配してくれていたのだということがわかった。下に押し込めたせいでナンみたいになってたけど、たぶん、悪気はない、はずだ。


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20200819

 

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