18日:君をあいする一番の方法


「大丈夫か」

大丈夫ではない、となまえはなにか手近にあるものでも投げたい気持ちになるけれど、家の中をうろうろしている大黒を見ているとそんなことはできなかった。
そして単純に動いたり話したりしたくない。

「……お気使いなく」
「看病に来ているのに病人を気使わない人間がいたら見てみたいな!」

勢いよく放たれた言葉に頭が痛み、なまえはくっと眉間に皺を寄せた。大黒はそれを、声の音量が大きすぎたせいだと思い「おっと、すまない」と小さな声で言った。
昨日熱を出し、大袈裟なことに病院に担ぎ込まれ、いくつか薬を貰った。解熱剤を飲むとやや楽にはなったが、薬の効果が切れる頃にまた熱が上がり、ということを繰り返している。
なまえはちらりと大黒を見上げる。この男は、こんなところでこんなことをしていていいのだろうか。

「仕事に戻って貰って良いですよ」
「大丈夫だ。まだあと三時間はここにいてやれる」

三時間もここにいるつもりらしい。
なまえは「そうですか」と言いながら目を閉じて、はあ、と熱い息を吐き出した。こんな日に何かを考えようとするのは間違っている。
強引に家に入って来たくせに、不用意に触れてこない大黒だとか、心底心配そうな態度だとか。そんなことについて考えていると、余計に頭が痛くなって、吐き気までしてくる。

「なまえ。俺がいる間に少しでもなにか食べたらどうだ」

食べたいものは思いつかない。そもそも食欲がない。いや、結構前からあまり何かを口にしたいとは思えなくなっている。

「何かないのか」

なにか言わなければ引いてくれそうにない。大黒がここに来るまでに買って来たものはゼリーや飲み物、レトルトのおかゆなどがあったと記憶している。なまえはじっと大黒を見上げた。「じゃあ、」

「なにか、作って下さい。それ、食べますから」
「……俺がか」

他に誰が、と思うが、そっと目を閉じることで返事とした。大黒は数秒間黙っていたけれど、そのうちに「よし、わかった」と台所の方へ向かった。わかった、と彼は返事をした。なまえは少しの間、もしかして黒野が呼び出されやしないかと不安になったが、隣に大黒の姿がなくなったので体から力が抜けていくのを感じた。
そのまま眠ってしまったようだった。
しかし、それほど時間は経っていない。具体的に言うと三時間は寝ていない。大黒の声で起こされたからだ。

「なまえ」

依然としてぼうっとする頭を起こし、水を飲む。「なまえ」とまた呼ばれた。
そして差し出されたのは、おかゆである。
食べろとか食えとか、何か言ったらいいのに、大黒は無言でなまえがそれを受け取るのを待っている。なまえはきちんと手に力が入るのを確認してから受け取った。
大黒が見たことのない顔をしている。
笑ってはいない。真剣、というよりは、どんな顔をしていいかわからず、無表情になっている、という風だ。
スプーンですくって口に入れると、まだあたたかい。

「……美味いか」
「美味いかどうかはわから……、え、本当に作ったんですか」
「君が作れと言ったんだろう。食えそうか」

八月十八日、大黒はりんごまで剥いて会社へ戻った。なにかあったら連絡をしろ、だとか、俺が出なければ黒野を呼べ、だとか、まるで保護者のように、わかりやすくなまえを心配し続けていた。



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20200818

 

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