罪状:抱えきれない程の優しさ12-1


一段としっかりしてきたなあ、と思う。52の話だ。
自ら大人になりたい、と思っているからなのか、あるいは、外との繋がりもできてきたからなのか、とにかく、ここに来たばかりの頃の、どこか不安そうな立ち振る舞いは見る影もない。それはとても嬉しいことだ。
私は隣に座る52をちらりと盗み見る。がたん、ごとんと揺られながら、何駅後、大体何分後に電車を降りるか、運賃はいくらか、そしてそこから目的地に行くにはどうしたらいいか、スマートフォンを駆使して事前に定めたルートを改めて確認している。私の出る幕はない。元々地図を読むのが得意ではないのだ。
52は私が現在位置と、地図の関係性を把握している間に目的の場所までどう行くのかがわかってしまうようだった。本当に出る幕がない。
「旅費くらい出すよ」と言ったのだが「バイト代で足りるからいい」と返され金銭面でも出る幕がない。料理もとうとう私よりも上手くなりつつあり、今ではどちらがあの家の主かわからなくなってきた。

「……なまえ、さっきからなんでこっちを見てるんだ?」
「え、ああ、かわいい顔だと思って」
「嬉しくない」
「じゃあ、かっこいいなと思って」
「かっ」

こいい、と、小さな声で続いた。
こうやって52の可愛らしい反応を楽しんで年上であることを自覚するのはいかがなものかと思う。
赤くなっているので頭を撫でると「子ども扱いするなっ」と怒り出した。表情も豊かになった。私はやっぱり、色々複雑な気持ちになりつつも、打ち解けているのは嬉しくて「ふふふ」と笑った。
52はまた「子ども扱いしやがって」と怒るかと思ったのだけれど、ぱっとこちらを見上げて「楽しいか?」と聞いてきた。紫色の瞳がきらきらしている。今回の旅行の計画は出発時間からそこへ行くまでのルート、観光する場所、泊まる宿まで全部52が決めている。

「楽しいよ。わくわくする」
「わくわくしてるのか」
「うん」

「そうか」と52はこれからの予定について書かれている紙をぎゅっと握った。
事前に52と約束した通り、お盆休みをお盆にちゃんと取得して、二泊三日の旅行を計画し(てもらっ)た。父の墓参りは先日済ませて、あとは目一杯遊ぶだけだ。

「ところで、52」
「ん?」
「何度も言って申し訳ないけど、」
「大丈夫だ」
「……何か困ったことがあったり、予算足らなくなったりしたら、」
「大丈夫だ」

「ああ、そう……」私は今月も、人間の面倒くささを目の当たりにして複雑な気持ちになっている。元々わがままなんて言わない子だったけれど、最近は自分でいろいろと挑戦するのに夢中で、本当に、滅多にこちらになにかを要求してくることがなくなった。いや、私がわがままを言ってみることはあっても、彼がどうしてもと言うことがあっただろうか。
やたらと私の身の回りの世話をしたがったことはあったが、それ以降は、そんなの当然なのに、と言う事を改めて言われたくらいだ。

「……52」
「なんだ? 俺はなにも困ってないぞ」
「いや、なんだか、ごめんね」
「?」

私の方がずっと子供かもしれない。苦労をかけているのは私の方かもしれない。
52が首を傾げながら「謝られることなんてなにもされてない」と言うので、余計に情けなくなってきた。
甘えてわがままの一つも言えるくらいに頼りがいのある大人でありたいのだけれど、なかなか、難しい。



俺はじっと腕についている時計を見下ろした。
今日もしっかり動いている。
そしてちらりと隣を見る。
盆休み、とは、実家(生まれた家だとか、祖父母の家だったりもするようだ)に帰ったり、この期間だけ現世に帰ってくると言われている先祖に挨拶をしたりする期間であるらしい。なまえは先日墓参りは済ませたが、それ以外に用事はないようだ。
なまえの父の話は時折聞くが、他の家族の話は聞いたことがない。
五年前に父は死んで、他の家族はどうしたのだろう。
俺はなんとなく、なまえについて聞くことができないまま今日を迎えてしまった。何度か聞こうとしたことはあったのだが、どうにも一歩が踏み込めない。余計なことを聞いてはいけないような気がしている。俺は聞いて欲しかったけれど、果たしてなまえはどうなのだろうか。
もし、聞かれたくないと思っていたなら、無理に聞かないのが大人なのではないだろうか。
いいや、でも、もし、なまえも自分からは話せないのだとしたら、聞かれないのは苦しいことだ。
俺は最近そんなことばかり考えている。

「なあ、なまえ」
「ん?」
「……」
「……なに? 何か手伝う?」
「それはいい。予定通りに水族館に着ける」
「うん、そしたら、なんだろう」
「なまえは」

母親はどうしたんだ。
他の家族はいないのか。
帰省って言うのは本当にしないのか。
いくつか聞きたい質問が言葉になりかけるが、なにも旅行の初日に聞く必要はないのではないかという気がしてくる。もし、万が一雰囲気が悪くなったらここから旅行の全行程が台無しになりはしないか。ならば、聞くとしても、もっと、旅行の後半で聞いた方が。

「なんでもない。後でまた聞く」
「ん、わかった」

じゃあ待ってようかな、となまえは体を伸ばした。
それならそれで、折角だしなにか話がしたい。
普段は聞けないことを聞けるのではないかと、俺は他の質問を考える。何がいいだろうか。つい真剣になっていると「あ」となまえが体を起こして外を見ていた。「52」

「海だよ」
「!」

窓の外に、まだ遠いけれど海を見つけて、なまえはじっと海面を見ていた。海面がきらきらするのと同じに、なまえの目もきらきらしている。俺はどきどきしながらなまえの目の方を見ている。
海をよく見る為にだろう、少し、こちらに寄っている。
身体のぶつかっている部分が熱くて、先日一緒に選んだ香水の匂いがふわりと香る。なまえに俺はどう見えているのか気になった。
大事にされているのは知っている。
弟のように思われているのも知っている。
なまえは最近「かわいい」だとか「かっこいい」だとか、俺をからかうようなことをよく言うようになったけれど、俺はなまえにとって「かっこいい」ものであれればいいと思っている。できれば、そのように見て欲しい。

「綺麗だね」

なまえが言うので、俺は頷いた。

「ああ、綺麗だ」

俺の返事を聞いて、なまえは心底楽しそうに微笑んだ。
ああ、いつも、この笑顔を見ると満足してしまう。
この温かい笑顔は、今、俺にだけ向けられている。
なまえは俺と一緒にいて、こんなに自然に笑っている。
これ以上に、俺は何を望んでいるのだろう。


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20200817;夏編、八月

 

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