15日:君をあいする一番の方法


大黒は(なまえと二人で一緒にいることが既に不自然なことであるにも関わらず)大変に自然になまえを連れまわした。なまえは時々、本当にきれいなものと出会ってしまった時、恋人のことを思い出しては泣きそうになることがあった。実際に泣いてしまったのは、星を見た時だけだが。
昨年、大黒は「俺がやらせた」となまえに言い放った後、「許す必要はない」となまえを煽るようなことも言っていた。なまえは許せるものかと思ったけれど、結局、だからと言って大黒を失脚させるために全力を尽くそうだとか、大黒よりも出世することを目指して全身全霊を注ごうとか、そういう気持ちにはなれなかった。
結果、なまえがなにをしたかと言えば、なにもしなかった。なまえは大黒を許すことはなかったけれど、それでも、いいやあるいはだからこそ、なにもしないことを選んだ。
復讐なんて大それたことをやるつもりはない。会社をやめることも考えていたが、もし、本当に「好きだから」なんてふざけた理由が本当ならば、その好意の対象からなんの表情も感情も向けられていなければ辛いだろうと、ささやかな嫌がらせのつもりで残ったのであった。
残ること自体がリスクである可能性はもちろん考えた。
例えば、大黒の立場をもってすればなまえの業務を妨害することも助けることも容易であるし、なりふりかまわない作戦で、なまえを無理矢理手籠めにするということもできる。なまえはしばらく警戒していたが、大黒はいつ出くわしてもいつもの調子で笑っている。
そして、なまえが仕事で困っているだとか、ひどい仕事を回されたとか、そう言う時には飛んできて、大黒は、なんとかしようと、時には自分の部下を使って根回ししていた。
そんなことをして、私が靡くとでも思ってるのか。
ほの暗い気持ちになるけれど、業務連絡として「ありがとうございました」と頭を下げると、大黒は心底嬉しそうに「またいつでも頼ってくれていい」と笑った。
もうわけがわからない。
好きだから、という理由で作業員と関係者全てを巻き込んだ事故を起こし、当時の恋人を亡き者にするような人間が、はたしてこんな態度を取るのだろうか。一年間も甲斐甲斐しく見守るような立場を取り続けることが、あるだろうか。

「大黒部長」

四日目は、浅草に宿を取ろうと去年話し合った。そこの宿の窓からは、その日開催される祭りへのアクセスも抜群であるし、なにより窓から花火が見れる。
大黒はさも自分が考えていたことであるかのように振舞っているが、こんな偶然はあり得ない。

「ん、どうした? 腹でも減ったか?」

七月頃から、大黒はよくなまえに話し掛けるようになった。それまでは見かける時に時々、という感じだったが、八月に入ると特に頻繁に向こうから、わざわざ、用事もないのに、なまえに会いに来ていた。
ついになにかあるのか、と思ったものだったが、どうも、この旅行を実現させるための行動であった気がしてならない。
そして旅行中は、ただ、ただただ、一緒にいた。
そろそろ、認めるしかない。

「なまえ?」

花火があがり続けている。打ち上げる時と、花が開く時の音は、静かである、とは言えない。加えて祭りの喧騒もある。
だと言うのに、囁くようななまえの声に反応し、なまえからの言葉を待っている。何日も連れまわしたくせに、本当はどうしたいのかは頑なに言わない。
どこからどう見たって、なまえに好意があるようにしか見えなかった。

「いえ、辛い物、食べたいなと思って」
「さっき食べただろう……」
「アツい食べ物だったので、冷たいやつを」
「ああ、冷麺とかか?」

「冷麺、あるのか?」と大黒は首を傾げている。「かき氷買ってきます」となまえが立ち上がると、「俺も行こう」と大黒もついてきた。手を取るでもなく、甘い言葉をささやくでもなく、大黒はただなまえと一緒に居た。
なまえはこれも真実であると判断する。
大黒は、本当になまえのことが好きなのだ。

「……しんど」
「なにか言ったか?」
「辛いかき氷ってないかなと」
「徹底しているな……」

八月十五日、明日で旅行は終わりだ。


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20200815

 

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