14日:君をあいする一番の方法


見かけによらず寝相があんまり良くないよな。と笑われたことがある。
なまえは今はこの世に居ない人間のことをぼんやりと思い出しながら体を起こした。
ふと隣を見ると大黒の姿はない。今更だが大黒と布団を並べて眠っているなんて面白過ぎる。笑えはしないが。
どこかへ行っているのだろう。わざわざ探す必要性も感じない。目を擦りながら、しかし何からやっていいかわからなくてまた布団に沈んだ。

目を閉じると、薄れつつある記憶の中にその人はいる。なまえと結婚の約束までしていたその恋人は、去年の八月二日、事故で死んだ。
間違いなく、灰島重工史上最悪の事故である。新設の機械工場だった。作業員、その他工場関係者全員が爆発に巻き込まれて吹き飛んだ。
東京皇国全土が揺れる程の大爆発で、遺体も建物も全て吹き飛び、誰が誰やらわからない。原因も不明だ。わからないことがあまりに多すぎて、どこにどう責任を問うのが正確であるのかもわからない。あまりにもわからないので、灰島はこれをテロであると発表している。でっち上げの犯人グループについても報道されたので、世間ではそういうことになっている。
関係者の内、唯一生き残ったのが、大黒だった。
その工場の、当時の総責任者が大黒だったのだ。
けれど、その日、事故が起こったその日だけ、責任者は大黒ではなく、なまえの恋人であった。一日だけ彼が大黒の代わりを務めなければならなかった理由は「調査を依頼されたから」だと聞いている。
なまえは「そうなんだ」と返した。その後、なんだかどうしても言わなければならない気がして「気を付けて」と付け足した。彼は笑って、大した仕事じゃないよ、と言ったのだ。
それが、なまえが最後に見た恋人の姿である。
遺体も、遺留品も、灰すら帰って来なかった。

「なまえ? 起きたのか」

何もわからない事故だった。結果だけがそこにある、災害のような事故。けれど、大黒はなまえに言ったのである。「俺がやらせた」「ちょっと死に過ぎたな」いつも通りに張り付けたような笑顔を浮かべてそう言った。「どこを探しても証拠は出てこないだろうがな」とも。

「君なあ……!」

声をかけられて起き上がると、大黒はぎょっとしてなまえの前まで歩いて来て、なまえの浴衣の前をしっかり合わせて言った。

「そんな格好じゃ風邪を引くし、もうちょっと、こう、気を使ってくれ! まさか誰の前ででもこうなんじゃないだろうな……?」

「どうして」となまえが聞くと「君が好きだからだ」と大黒は言ったのだ。何十回と思い出したやりとりだった。一年前の事故。恋人。大黒。大黒が語った事。そして自分。なまえは一つ一つを冷静に見つめて考える。
やっぱり、駄目だ。

「……お風呂行ってきます」
「待て待て待て、せめて浴衣を直してから行け!」

なまえがあまりにもぼうっとしているものだから、大黒が手早くなまえの浴衣を直した。「よし、行っていいぞ」と彼は笑う。もう二晩一緒に居るが、なまえに何かしようという気はないようで、ただ、本当にただ一緒に居て、旅行を楽しんでいる。
やっぱり今日もわからない。
なまえの中で集めたピースが繋がらない。無理矢理納得することもできないまま一年が経った。
はっきりわかっている真実は、一年前に事故があったことと恋人がこの世界にいないことだけだ。
八月十四日、なまえは、大黒と、大黒と仲の良かった自分の恋人について、ずっと考えていた。
ああ、わからない。
何故、一年前に彼と計画したルートと、全く同じなのだろう。
何故、大黒部長は、あの人と行く予定だった美術館や博物館を、知っているのだろう。


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20200814

 

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