13日:君をあいする一番の方法


旅館の窓を開けて生暖かい風と機械的な冷風とを体の右と左で受けながらじっと空を見つめていた。星が綺麗だ。

「眠れないのか」

日付は変わって十三日の午前二時。周囲は静まり返っていて、旅館の中からも音がしない。なまえは一人で適当な飲み物を買ってきてぼんやりとしていた。大黒に車に乗せられてから、ずっと同じ調子なのだけれど、大黒はと言えば気を悪くした様子もなく、それどころか常に楽し気になまえの世話を焼いたり、声をかけたりする。

「……流れ星が、見たいと思って」
「手伝おうか」

なまえは返事をしなかったが、大黒はなまえの向かいに座って同じように窓を開けて空を見上げた。

「なまえ?」
「はい」

二人は空を見上げたままだ。大黒は何か言いたそうにしているけれどその内「いや」と首を振った。「なんでもない」なんでもなくはないだろうが「なんでもないんだ」と繰り返す。大黒は一人で「いや、正確には、なんでもいい、なのかもしれないな」と言った。
なんでもいい。
なまえはその言葉を頭の中だけで反芻する。
本来であれば去年、隣でこうしているのは大黒ではなく。
ぐっと唇を噛んで思考を無理矢理ストップさせる。

「何か、叶えたい願いでもあるのか?」
「どうしてですか?」
「どうしてって、流れ星と言えばそうだろう」

案外ロマンチストなのだなとなまえは一瞬大黒の横顔を盗み見た。
他にも、わかったことはいろいろとある。丸一日、大黒は大変によくなまえを見ていて、なまえも大黒にバレないように大黒のことを見ていた。
この旅行には、一体どんな意味があるのか。彼の狙いはどこにあるのか。本当は何を考えているのか。そういうことがわかればいいと思ってついて来た。けれど、一緒に居ればいるほどにわからなくなる。
わからない。
何故この人は。
なんで。
どうして。
―――彼方で、星が燃え尽きるのを見た。

「なまえ! 今の、ちゃんと見ていた、」

か。
なまえは、こちらを見てぽかんと口を開けている大黒と目を合わせてほんの少し目を細めた。つ、と頬を伝って透明な熱が零れ落ちる。悲しいのか怒っているのか。その両方なのか、なまえはいつもわからなくなる。
「どうして」なまえは聞いた。大黒は「君が好きだからだ」と答えた。一年前のやりとりだ。その後なまえは思い切り大黒の頬を張り、会社をクビになること、いや、報復に殺される可能性すらあると覚悟していたのだが、こうしてのうのうと生きている。
自分だけが、生きている。
そして隣には、大黒がいる。

あの人を死に追いやった男が、隣に。

「なまえ?」大黒は本当に心配そうになまえを覗き込んだ。本当に、心配そうにだ。それ以外の感情が見えない。

「……見てましたよ。ちゃんと、見てました」

大黒はなまえにそっと手を伸ばすが、なまえは逃げるように「もう寝ます」と布団に潜り込んだ。八月十三日、聞けば教えてくれるだろうけれど、それを信じるだけの強さがない、となまえは何も言わなかったし、聞かなかった。


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20200813

 

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