キングブレードの用意はいいか/大黒


大黒部長は思っていた三百倍やばい人だった。
別部署から臨時で大黒部長を手伝うことになった私は、第一印象は大切だととびきりの笑顔で挨拶をしたのだが。大黒から出てきた言葉は「なんだ、それは」というよくわからないものだった。なんだもなにも挨拶である。私が「なにかおかしかったですか」と首を傾げると「かわいすぎないか」と大黒部長は両手で顔を覆った。なんだって?
その二時間後だ。
私は大黒部長に呼び出され、応接用のソファに座らされた。
部長は正面に座り、私の手をがしりと握った。
「単刀直入に言う」ぎゅう、と力を入れられて指が中央に集まる。「一目惚れだ」一目惚れらしい。「第一印象からもう駄目だった」駄目だったらしい。

「どう責任を取ってくれるんだ」
「そっ、んなこと言われても、どうしようもなくないですか」
「いいや。今ここで誓え。俺には絶対服従だと宣言しろ」
「それ一目惚れした相手に言うセリフですか」
「仕方がないだろう。不安なんだから」
「なにがですか」
「なにがですか? 君はそれを本気で言っているのか? そのかわいいかわいい頭には何も入っていないのか?」
「褒めてるのかディスってるのかハッキリしてください」
「本当にかわいい顔だなどうなってる? 君、自分の顔をちゃんと見たことあるか?」
「本気なのか冗談なのかハッキリしてください」
「駄目だ、さっきから動悸がひどいし体が熱い。そのやたらと聞きやすい声をやめてくれ」
「お願いですからシッカリしてください。ほら、ここに正気おいておきますから」
「ああ、悪いな」

大黒部長はようやく私から手を離してコーヒーを飲んで息を吐いた。これで少しは落ち着いただろうか「で、だ」私と部長は改めて顔を突き合わせる。「つまり俺は君にあんなことやこんなことをしたくて堪らない訳だが」「コーヒーもうちょっと飲んで下さい」部長は意外に素直にコーヒーにもう一度口を付けた。「わかってくれたか?」いや全然。

「だから、私にはどうしようもないですよ」
「ある。こんなことでは業務に支障が出る」
「やっぱり、私にはどうしようもないですよ」
「あるんだ。とりあえず俺と食事でもしよう」
「嫌です。噂になったらどうするんですか」
「願ったり叶ったりだ」

ふん、と胸を張っているが、自分が無茶苦茶なことを言っていることはわかっているようで、しばらく考えた後に難しいことを提案してきた。現実的な話がようやくはじまった。さっきまでのは多分なんの意味もない。私を困らせたかっただけであろうと思う。

「なにか、特別なことをしてくれ。もちろん、俺にだけだ」
「ええ……?」

まだ駄目だった。全然普通に困らせに来る。
しかし、大黒はじっと私を見つめていて、動悸がして体が熱いというのは本当なのだろう。頬がずっと紅潮している。私たちはついさっき顔合わせをしたばかりなのに、何故彼はこんなことになってしまったのだろうか。
私は仕方なく、大黒部長の髪をそっと撫でた。
部長は目を見開いて驚いていたが、その内完全に頭をさげてしまったので顔が見えなくなった。照れているのは耳をみれば瞭然だけれど。
私はしばらく頭を撫でまわしていたが、そのうちぱっと手を離した。

「これでどうですか」
「明日も頼む」

今日は行っていいぞ、と顔を下げたままの部長にようやく解放された。私はただただ不安になった。
大黒部長は皆が思っている五百倍やばい人である。


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20200812:このツイートから

 

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