12日:君をあいする一番の方法


時間通りに迎えに行くとなまえは今日も何を考えているやらわからない表情で家から出てきた。迎えに来た大黒と、大黒の乗って来た車を見比べながら「おはようございます」と言った。挨拶は大切だ。

「おはよう。行くか」
「……」

さっきまで必死にどう言ったらなまえは自分について来てくれるだろうか、というようなことを延々と考えていたのだけれど、遂に何も良い案は思い浮かばなかった。なまえは今日も何も聞かずに「はい」と返事をした。「はい」と確かに、そう言った。
大黒はなまえの気が変わる前にとほぼ身一つのなまえの腕を引いて助手席に押し込んだ。まるで誘拐するみたいな勢いだったが、なまえは車を発進させても文句ひとつなく、ぼんやりと窓の外を眺めていた。



そしてこれは普段必死に出世を目指す自分へのご褒美に違いない。
海水浴場に到着すると、なまえはふらふらと更衣室へ入って行って、ばっちり水着で出てきた。白のラッシュガードを羽織っているが、下はビキニだ。ウエストのくびれや、ほっそりした足がしっかり見える。
ただ、なまえは大黒の方には興味を示さずに、波打ち際で一人で波に当たらない遊びをはじめた。五、六回は逃げきれていたが、七回目で足を取られて転んでいた。大丈夫か、と声をかけそうになるが、なまえは「はは」と尻もちをついたまま笑っていた。
俺は声をかけないほうがいいか。
ただ、こんなレアな姿のなまえを見ない、という手はないのでじっと一定の距離を保って後ろを付いて行った。なまえはヤドカリを拾ってみたり、立ち止まってじっと海を見ていたり、急に走り出したりした。その内疲れたのか波が届く場所で座り込んで砂をいじっている。
小さな山を作って、しかし、それはすぐに波にさらわれてしまう。するとまた山を作って、波にそれを食わせている。

「それはなんの意味があるんだ?」
「……面白いですよ。部長もやりますか」
「そうだな。やってみるか」

意味がある、とは思えなかったし、楽しそうだとも思えなかったが、なまえのことを一つでも多く知りたいばかりの大黒は試しに同じようにやってみる。「これはあれだな」

「片付ける必要がなくていいな!」

顔をあげると、なまえの静かな瞳と目があってドキリとした。なまえはじっと大黒を見つめた後「そうなんですよ」と言った。今、彼女はなにを見ていたのだろう。自分は、何を見られていたのだろうか。「なまえ」声をかけると、なまえは唐突にざぶざぶと沖の方へと歩いて行った。
膝のあたりに海面が来る。
なまえはふと腰を折り曲げて手のひらに海水をすくった。
手のひらの中で透明になるのを確認して、くるりと大黒の方を向き。

「ぶっ!?」

無言で海水を大黒の顔に引っ掛けた。

「……君なあ」
「海の水はしょっぱいですか」
「君も被ってみればわかるんじゃないのか」

大黒もまたなまえに水を引っ掛けてみるのだが、なまえは髪から水を滴らせながら目を伏せた。彼女は自分の美しさについて知らなすぎる。特に、こうして自然の中で好きなようにしている彼女は特別に綺麗だ。「どうだ。しょっぱいだろう」うん、と彼女は微かに笑った。

「そうなんでしょうね」

八月十二日、本当は彼女と何一つ共有できていないことを、大黒は知らないまま。


-----------
20200812

 

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -