恥も外聞もない/紺炉


年下の恋人がいる。物分りが良くて大人しく、必要とあれば前に出て、そうでなければ言われなくても男を立てる、そういうことを、息をするようにできるいい女だ。
その女が。

「オイ、なまえ。そりゃあ一体どういうことだ……?」
「あれ。紺炉さん。それとは……」

なまえは幸せそうに赤ん坊を抱いていて、赤ん坊は必死になまえの頬に手を伸ばしていた。
なるほど、最近帰ってくるのがどうにも遅いし、歳の割に物分りがよすぎると思ったら、そういう事か。

「どこのどいつとの子だ? ええ?」
「……紺炉さん? なにやら勘違いをされあそばされているようですけど」
「やっぱり若い男の方がいいんじゃねェか」
「ア、これ聞こえてないな……」

事もあろうにガキ作るような浮気とは、どういう了見だ……?



私は赤ん坊を抱きながら浅草の町を走り回る。
こんな時に紅丸はどこに行ったのだろう。こうなってしまったら紅丸くらいしか紺炉さんを止められない。

「逃げるってことはそういう事じゃねェか、なまえ!」
「紺炉さんちょっと落ち着いて下さいよ!」

困った事にガチガチのガチで追い掛けてくる。私も本気を出さないと捕まるし、暫くは言い分を聞いてくれることもないだろう。ちらりと胸の当たりを見ると、赤ん坊はきゃっきゃと無邪気に状況を楽しんでいる。

「何とか言えや、なまえ!」
「だから全部紺炉さんの勘違いですってばァ!」
「じゃあそのガキはなんなんだ!」
「いや逆にですけど、子供作ろうと思ったら妊娠っていう期間いるんですよ?」
「鍛えてる奴ァ、腹が出ない場合もあるそうじゃねェか!」
「なーんでそんなこと知ってるんです……」

ダメだやっぱり。今は冷静な判断が出来ていない。

「相手は若いヤツなんだろ!?」
「私は年上好きって知ってるじゃないですか」
「俺以外のおっさん誑かしてんじゃねェよ!」
「たーぶーらーかーしーてーなーいー!」
「いい加減観念しやがれ!」
「紺炉さんこそ正気に戻りましょうよ!」

浅草の人達は何事かとこちらを見て、焚き付けることはあってもなだめてくれることはない。あー。後からあのあたり瓦直しに行かなきゃなあ。
あ。
人の中に、一人の女性を見つけた。
私はすかさずその人の後ろに立って紺炉さんとの間に盾を作る。

「お前、女を盾にするたァ何事で、」
「あ、なまえさん! ごめんねえ、うちの子預かってもらっちゃって」
「いやァ。いい子にしてましたよ。この子は」

もうわかったはずだ。
私はその女の人に赤ん坊を抱かせて、手を振った。
すぐ後ろで紺炉さんが立ち尽くしている気配がする。

「紺炉さん。私うなぎが食べたいなあ……」
「……食いに行くか」
「こんなこと自分で言うのはなんですけど、割と誠実に一途にがんばってると思うんですけどね」
「……自分で言うまでもなくよくやってくれてる。お前さんほどの女はいねェよ」
「いやしかし、いちばん信用していて欲しい人に、案外、信じてもらえてないもんですねェ……」
「悪かった……、だからもう言わんでくれねェか……」

紺炉さんはしばらく私と目を合わせてくれなかった。それは寂しいがそれとして。猛省しろ。


-----------
20191103:いいおっさんの日らしいですよ。

 

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -